野球賭博と拉致監禁:その1

『大相撲』のときに、私は野球賭博で、警察の家宅捜索と事情聴取を受けたと述べましたが、いよいよその事件について語ろうと思います。
ただし、当然のことながら、この事件には様々な人物が関わっており、裏社会の関係者も登場しますので、これまでにも増して、匿名性を高めさせていただきます。

まず、この話を私に持ち込んだのは、いわゆる『街金』に勤めていたAという男です。このA、以前私がヤクザとの揉め事から救ってやったことがあったのです。
Aは、あるミナミの、クラブというかラウンジというか、ともかく飲み屋の黒服をしていました。私は師のお供で、良くこの店に通っており、顔馴染みになっていたのです。

あるとき、そのAから突然電話がありました。相談に乗って欲しいというのです。
その相談とは、ヤクザから『追い込み』を掛けられて困っているというものでした。詳しく話を聞くと、独立を焦ったAは、スナックの又借りをしたというのです。又借りというのは、正式な店舗の借主から借りるということです。
ビルやテナントのオーナーの審査を受けることがないので、手軽に店舗経営が始められるのですが、逆に元借主に一定の配当を義務付けられるので、相当額の売上が見込めないと危険な手段です。

しかも、元借主がヤクザ関係者だったため、一般より法外な条件を付けられていました。冷静に考えれば、危ない話だと分かるのでしょうが、自分の店を持ちたい欲望で、目が濁っていたのでしょうね。

ヤクザに滞納した金額は百数十万でした。
私が中に入って交渉し、八十万円の一括払いということで話を付けました。元々が法外な配当の要求でしたので、一般レベルよりやや高額に計算し直して、交渉したのです。
Aは、金を掻き集めても三十万円ほどしか都合出来なかったので、私が50万円を貸してやりました。その後、Aは水商売から足を洗い、昼間の仕事をして50万円は返済してくれました。
そのAが、数年振りに電話を掛けてきたのでした。

Aの用件は、『街金』の経営者に会って欲しいというものでした。現在、経営者・Nは大きな事業と取り組んでおり、私に助力を願いたいというのです。Nが計画する事業は画期的なもので、私にも大きな利益が配分されることになり、以前受けた恩を返したいとも付け加えました。

後日、私はそのNと会うことになったのですが、それが驚きの人物だったのです。

大相撲

日本最八百長列伝・その1:

昨年末、サッカー・イタリアセリエAの選手16名が八百長で逮捕されるという事件がありました。イタリアは、数年前に名門ユベントスの幹部が、審判を買収したとして、懲罰を受けましたが、懲りませんね。

 

八百長の形態は、

自チーム優勝のために、審判や相手選手を買収する。

マフィア絡みの賭博のため、審判や選手を買収する。

の二つです。

 

イタリアだけでなく、中国のサッカーのリーグも八百長が蔓延し、ファンは嫌気が察しているようですし、韓国はもっと酷く、野球、サッカー、バレー、バスケット・・・・なんとあらゆる競技で八百長があったと、国を揺るがす騒ぎになっています。なぜか、日本ではあまり報道されませんがね・・・・。

 

まあ、韓国の場合、宜しくないのは、国内だけでなく国際大会でも審判買収問題が発覚している事ですね。たとえば、古くはソウル五輪でボクシングの審判買収がありましたし、2002年のサッカー日韓共催W杯での審判買収も実しやかに噂されています。

特に、欧州での評判が悪く、当該のイタリア、スペインはもちろん、ポルトガルやイングランド、オランダ、ドイツ、フランス、・・・・といずれもサッカー強豪国の評判は芳しくありません。

 

さて、かく言う日本も先年、大相撲で八百長が発覚し、国民の顰蹙を買いましたが、実はこの相撲の八百長、私は20十年以上も前に、当時の現役力士の口から言質を取っていました。

もっとも、今となっては、録音していたわけでも有りませんし、『言った、言わない』の、押し問答になるでしょうがね。

 

題して、『日本最八百長列伝・その1:大相撲』です。

 

その前に、何を隠そう、私はある野球賭博にも関わり、警察の家宅捜査と事情聴取を受けたこともありますので、いずれそちらの顛末も書きたいと思います。(注:ただ巻き込まれただけで、首謀者ではありません。もちろん、不起訴です)

 

私の師は、ある名門相撲部屋の後援をしていました。

後援と言っても、数多くの後援会があり、たとえば、テレビで優勝力士が大きな杯を口にしたり、鯛を持ち上げたりしているシーンが流れますが、そのとき周りを囲んでいる人たち、いわゆる『タニマチ』のような存在ではありませんでした。

部屋というより、親方からある力士の薫陶を依頼されたのです。その親方は、自分の娘とその力士を結婚させ、部屋を継がせる腹積もりだったらしく、力士の人間教育を師に頼んだということなのです。

大阪場所になると、必ず相撲観戦した後、力士と師と私の三人で飲食したものでした。

料理旅館・宝家で食事し、ミナミのクラブへ足を運ぶ。そういう感じでした。

 

宝家は旅館だったので、大きな総檜の風呂が有り、力士と一緒に入ったものでした。そういったことから、自然と親しくなり、そのうちに二人だけで遊ぶ事も多くなりました。

 

余談ですが、当時の女将はひとかどの人物だったようで、彼女の気風というか度胸を物語る逸話があります。

宝家の近所に、ある病院があるのですが、そこに広域暴力団のとある大物組長が入院していたことがありました。

ある日、地方の組長ら数人が、その大物組長を見舞った後、食事をしようと、宝家に立ち寄ったのですが、女将はきっぱりと断ったそうです。

口で言うのは簡単ですが、客商売ですから、どのような報復を被るとも限りません。食事だけなら・・・・と考えてもおかしくはないのですが、暖簾を上げたときからの方針を貫き通した女将はたいしたものだと思います。

一方、断られた組長の方も、一言の文句も言わずに立ち去ったという事ですから、それなりの人物だったということでしょうか。

 

そうしたある日の、食事の折でした。

力士の次の日の取り組み相手が横綱だったので、

『明日の横綱戦、頑張って下さい』

私が発破を掛けると、力士は、

『いやあ、それはちょっと・・・・』

急に歯切れが悪くなりました。そのときは、まさか八百長などとは思いも寄らず、

『金星を取れば、三賞も芽も出るでしょう』

と、言葉を継いだのですが、

『いや、駄目です。もう話が付いているのです』

今度は目を逸らすように言ったのです。

さすがに、私にも分かりました。

『じゃあ、上手に負けて下さい』

などど、訳の分からぬ激励をして、話を終りにしたのを憶えています。相手は横綱ですから、引退後は協会に残り、行く行くは幹部、もしかしたら理事長にだってなる可能性はあります。引退後、相撲界に残りたければ、受けざるをえなかったのでしょう。長いものには巻かれろ、です。

 

その後、いつものように朝まで遊ぶつもりでクラブへ移動すると、彼の方から、

『今日は、0時で失礼します』
と言い出したのです。

『何か用事があるんですか?』

と訊くと、彼はにやっと笑い、

『奈良へ・・・・』

とだけ言いました。私はその一言で、すぐに女性だと察しました。と言うのも、結局のところ、彼は親方の娘とは縁がなかったようで、一般の女性と婚約を発表していたからです。

 

ところが、22時過ぎ、彼が宿舎に電話を入れると、親方の命令で急遽宿舎へ戻ることになりました。

まだ、携帯が本格的に出回る前でしたので、彼は定期的に連絡を入れていたのですが、どうやら緊急事態が起こったようでした。

 

さて、それから数日後、週刊誌やテレビのワイドショーでは、その力士の話題で持ち切りになりました。彼が婚約者の他に女性を作っていたのです。奈良とは、その女性が住んでいるところだったのでしょう。

あの夜の緊急事態とは、どうやら出版社側から、記事のゲラ刷りが届いたようでした。

 

そして、さらに数日後、テレビはカメラの前で謝罪会見をする彼の姿を映し出していました。

彼は今、部屋付きの親方として後進の指導に当たりながら、HNKの解説者としても活躍していますので、実名は伏せましたが、当時かなりマスコミを騒がしましたから、何となく見当が付くかもしれませんね。

 

 

日本最疫病神列伝

前回の『お金』絡みの話から、ふと昔の悔しい思い出が脳裏を過ぎりました。

 

題して、『日本最疫病神列伝』です。

 

疫病神などと、罵る言葉を使いましたが、些細な出来事です。私の狭量を表わすような恥ずかしい昔話です。

 

以前、私の祖母と祖母の祖母、つまり私にとっての高祖母の二人は霊感が有ったと書きましたが、今のところ私にはそのような兆候は見られません。霊を見たことも、霊の存在を感じた事もありません。

 

ただ一度だけ、それらしき事があったのは、私が会社勤めをしているときでした。

その頃は、週末になると馬券を買うのが楽しみの一つだったのですが、ある土曜日の夜、競馬のレースを夢に見たのです。そして、1着と2着の馬名まではっきりと目に焼き付けたまま目を覚ましたのです。

当時は、まだ3連単などない時代で、連勝複式を専ら購入していました。

 

さて、私はさっそくその馬名をメモに記し、駅の売店でスポーツ新聞を買い、会社に行きました。勤めていた会社は、場外馬券売り場へ向かう途中にあったので、いつも机の上に新聞を広げて予想をしていたのです。

 

気が逸る私は、電車の中で1レースから順に出走馬を確認しましたが、全レースを見終えても、夢に見た馬名はありませんでした。

ガセ夢か・・・・当てが外れた私は落胆を隠しきれないまま、会社に着きました。そしてあらためて、予想を始めたのですが、そこでふとあることを思い出しました。

そうです。メインの数レースに限り、関東のレースが購入出来たのです。そこで、関東のレースを見てみると、『京王杯スプリング・・・・』というレースの出走馬の中に、2頭の名があったのです。

 

 

『これだ!このレースに違いない』

私は歓喜しました。予想オッズを確認すると、約70倍でした。当時の連勝複式としてはかなりの高配当、つまり大穴でした。1頭の方は3番人気の予想でしたが、もう1頭の方は全くの無印だったのです。

心に疑いが生じました。私は1万円を賭けるつもりだったのですが、夢はあくまでも夢ですから、迷いが生じたのです。しかしこれまでに、このようなことは一度も無かったわけですから、最後は一点勝負と、腹を決めました。

たかが1万円で何を大袈裟な、と思われるかもしれませんが、サラリーマンの毎月の小遣いから、1レースに1万円を張るのは、結構勇気のいる事なのですよ。

 

さて、お昼になりいよいよ場外馬券へ向かおうとしたときでした。そこに後輩のBが顔を出したのです。Bも競馬好きで、よく馬券を買うということでした。このときも、馬券を買いに行く途中に寄ったとの事でした。

 

当然、話題は競馬になり、私はつい購入馬券をBに話したのです。これがいけなかった。

Bは、それはもう何か蔑むような目つきで、

『そんなの来るわけないじゃないですか』

と、馬鹿にしたような口調で言ったのです。

私は、まさか夢に見たなどと、間違いなくBの失笑を買うようなことは言えず、

『やはり、そうだろうな・・・・』

と弱気が再燃したのです。

その後も、Bはけんもほろろに、私の作り話の予想を切り捨てるのです。それでも、私一人であれば、最初の決断通り、1万円の1点勝負に出たことでしょうが、彼と一緒では、また蔑まされるような気がして、結局その3番人気の馬から本命と穴の2点買いに変更してしまいました。

 

結果は、私の夢の通りの着順になり、配当金は約6,000円(100円に付き)、つまり5,000円購入していたので、30万円の払い戻しとなったのです。

私は後悔に苛まれました。初心の通りにすれば良かった、と。

また、Bを恨む気持ちも湧きました。彼と出くわさなければ、もう30万円手に入ったのです。それでも、Bから詫びの一言でもあれば、気持ちは治まったでしょうが、彼は少しも悪びれる事も無く、

『来ちゃいましたね』

と、笑って言ったのです。さすがに頭に来て、殴ってやろうかと思いましたが、会社の後輩ですから、その後の仕事がやり難くなると思い、我慢しました。

もっとも、これだけであれば、彼を疫病神などと呼ばないのですが、まだ続きの話があるのです。

 

その次の週でした。

その週の日曜日は、朝から所用があったので、馬券を買うつもりは無かったのですが、土曜日に買ったスポーツ新聞の競馬欄を見た途端、閃きが奔ったのです。

それは、関西のメインレースの出走表に目が行ったときでした。

『これだ!』

と、勝ち馬と2着馬を直感したのです。予想オッズは約30倍でした。

私はBに電話をし、日曜日に場外馬券を買いに行くか訊ねると、Bは行くと答えました。そこで今度は何の躊躇無く、その約30倍の馬券を購入してくれるように依頼すると、いつものように会社に立ち寄るので、机の上に金を置いておくように、と言われました。

私は、翌朝早く起きて、会社へ行き、彼の机の上に『3万円』を置きました。先週、30万円を手にしたので、強気になっていたのです。

ちなみに、場外馬券売り場は開場が9時頃だったので、時間がありませんでした。

 

私は所用のため、テレビを見る事もラジオを聴くことも出来ませんでしたが、深夜帰宅するとき、駅の売店で翌朝のスポーツ新聞の早刷り版を購入して、結果を確認すると、なんと見事に当たっていたのです。

配当金は約3,000円。3万円の購入ですから、払い戻しは、約90万円となりました。

興奮を抑え切れない私は、電車の中でもニヤニヤしていたようで、周囲からは気味悪がられました。

むろん、妻には何も話していません。折角のへそくりですからね。妻には、小遣いを貯めたと嘘を吐いて、何かプレゼントをしようと思っていました。もちろん、Bにもお礼を考えていました。

 

しかし、月曜日の朝、喜び勇んで会社の扉を開けた私に、目を疑う光景が飛び込んで来ました。私がBの机の上に置いた3万円が、そのままになっていたのです。

『まさか?』

と疑念が過ぎりましたが、Bはきっぱりと行くと言ったのです。予想馬券と購入金額は、伝えていましたから、彼は会社に寄らず、直接場外売り場に行ったのだと思い直しました。

ところが、始業時間になっても、Bはいっこうに姿を現しません。

 

私の心は、次第に不安に包まれて行き、やがて失望に変わって行きました。

そして、始業時間から30分後、彼から連絡があり、

『ぎっくり腰になったので、会社を休みたい』

との申し出があったのです。むろん、馬券も購入していませんでした。

 

失望は怒りに変わりました。彼のせいで、2週間で約120万円を撮り損ねたのです。いや、怒りに任せ、

『もし、先週Bが余計なことを言わなければ、60万円が手に入り、そうであれば今週は3万円ではなく、少なくとも5万円は購入していたはずだ。そうであれば、撮り損ねたし金額は180万円だ』

などど、私の被害者意識は、止め処の無いものとなって行きました。

 

結局、Bは会社を一週間休みました。一応、医師の診断書を提出しましたから、ぎっくり腰は嘘ではなかったでしょうが、私に会わせる顔がなかったというのも事実でしょう。

 

ただ、間が開いたお陰で、私の怒りも徐々に収まって行き、代わって自己嫌悪を抱くようになりました。

そもそも、嫌味を言われたぐらいで、自説を曲げた自分が悪いのです。

妻に馬券を取ったことを内緒にした天罰も受けたのでしょう。結婚前、妻とは何度も場外馬券売り場に行っていましたので、彼女に頼めば間違いがなかったのです。

いわば、2週連続の不運は自業自得のようなものでした。

 

一週間後、出社したBに、私は何事もなかったように振舞い、彼もまた一言の詫びも口にしませんでした。私は、それで構わなかったのですが、それ以降Bと競馬の話は一度もしませんでした。

 

この年になりますと、誰の人生にも、幸運の女神が一度は微笑むような気がします。競馬、ロト6、TOTO,ナンバーズ、宝くじ・・・・そのチャンスをものにするか逃すかは、信じ通す気持ちと、心持ち一つのような気がします。

 

私は、悪魔の囁きに心折れ、正夢だと信じ切ることが出来なかった。また、そのレースに1万円を賭けましたが、へそくり全部、10万円を賭ける度胸があれば、少々オッズは下がっても、600万円弱を手にし、妻に相談して貯金を下ろせば、100万円だって賭ける事が出来たでしょう。

払い戻しは数千万円です。私の妻は、そういう太っ腹なところがありますので、きっと私の好きなようにさせてくれたはずなのです。

それを、こっそりへそくりを増やそうなどという姑息な考えを起こしたから、しっぺ返しを食らったのでしょう。30万円も儲けたというのに、まるで螻蛄になったかのような落胆を味わう破目になったのです。

 

ちなみに、それ以降勝ち馬の夢を見る事はありません。今後も無いでしょう。

 

 

 

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