日本最疫病神列伝

前回の『お金』絡みの話から、ふと昔の悔しい思い出が脳裏を過ぎりました。

 

題して、『日本最疫病神列伝』です。

 

疫病神などと、罵る言葉を使いましたが、些細な出来事です。私の狭量を表わすような恥ずかしい昔話です。

 

以前、私の祖母と祖母の祖母、つまり私にとっての高祖母の二人は霊感が有ったと書きましたが、今のところ私にはそのような兆候は見られません。霊を見たことも、霊の存在を感じた事もありません。

 

ただ一度だけ、それらしき事があったのは、私が会社勤めをしているときでした。

その頃は、週末になると馬券を買うのが楽しみの一つだったのですが、ある土曜日の夜、競馬のレースを夢に見たのです。そして、1着と2着の馬名まではっきりと目に焼き付けたまま目を覚ましたのです。

当時は、まだ3連単などない時代で、連勝複式を専ら購入していました。

 

さて、私はさっそくその馬名をメモに記し、駅の売店でスポーツ新聞を買い、会社に行きました。勤めていた会社は、場外馬券売り場へ向かう途中にあったので、いつも机の上に新聞を広げて予想をしていたのです。

 

気が逸る私は、電車の中で1レースから順に出走馬を確認しましたが、全レースを見終えても、夢に見た馬名はありませんでした。

ガセ夢か・・・・当てが外れた私は落胆を隠しきれないまま、会社に着きました。そしてあらためて、予想を始めたのですが、そこでふとあることを思い出しました。

そうです。メインの数レースに限り、関東のレースが購入出来たのです。そこで、関東のレースを見てみると、『京王杯スプリング・・・・』というレースの出走馬の中に、2頭の名があったのです。

 

 

『これだ!このレースに違いない』

私は歓喜しました。予想オッズを確認すると、約70倍でした。当時の連勝複式としてはかなりの高配当、つまり大穴でした。1頭の方は3番人気の予想でしたが、もう1頭の方は全くの無印だったのです。

心に疑いが生じました。私は1万円を賭けるつもりだったのですが、夢はあくまでも夢ですから、迷いが生じたのです。しかしこれまでに、このようなことは一度も無かったわけですから、最後は一点勝負と、腹を決めました。

たかが1万円で何を大袈裟な、と思われるかもしれませんが、サラリーマンの毎月の小遣いから、1レースに1万円を張るのは、結構勇気のいる事なのですよ。

 

さて、お昼になりいよいよ場外馬券へ向かおうとしたときでした。そこに後輩のBが顔を出したのです。Bも競馬好きで、よく馬券を買うということでした。このときも、馬券を買いに行く途中に寄ったとの事でした。

 

当然、話題は競馬になり、私はつい購入馬券をBに話したのです。これがいけなかった。

Bは、それはもう何か蔑むような目つきで、

『そんなの来るわけないじゃないですか』

と、馬鹿にしたような口調で言ったのです。

私は、まさか夢に見たなどと、間違いなくBの失笑を買うようなことは言えず、

『やはり、そうだろうな・・・・』

と弱気が再燃したのです。

その後も、Bはけんもほろろに、私の作り話の予想を切り捨てるのです。それでも、私一人であれば、最初の決断通り、1万円の1点勝負に出たことでしょうが、彼と一緒では、また蔑まされるような気がして、結局その3番人気の馬から本命と穴の2点買いに変更してしまいました。

 

結果は、私の夢の通りの着順になり、配当金は約6,000円(100円に付き)、つまり5,000円購入していたので、30万円の払い戻しとなったのです。

私は後悔に苛まれました。初心の通りにすれば良かった、と。

また、Bを恨む気持ちも湧きました。彼と出くわさなければ、もう30万円手に入ったのです。それでも、Bから詫びの一言でもあれば、気持ちは治まったでしょうが、彼は少しも悪びれる事も無く、

『来ちゃいましたね』

と、笑って言ったのです。さすがに頭に来て、殴ってやろうかと思いましたが、会社の後輩ですから、その後の仕事がやり難くなると思い、我慢しました。

もっとも、これだけであれば、彼を疫病神などと呼ばないのですが、まだ続きの話があるのです。

 

その次の週でした。

その週の日曜日は、朝から所用があったので、馬券を買うつもりは無かったのですが、土曜日に買ったスポーツ新聞の競馬欄を見た途端、閃きが奔ったのです。

それは、関西のメインレースの出走表に目が行ったときでした。

『これだ!』

と、勝ち馬と2着馬を直感したのです。予想オッズは約30倍でした。

私はBに電話をし、日曜日に場外馬券を買いに行くか訊ねると、Bは行くと答えました。そこで今度は何の躊躇無く、その約30倍の馬券を購入してくれるように依頼すると、いつものように会社に立ち寄るので、机の上に金を置いておくように、と言われました。

私は、翌朝早く起きて、会社へ行き、彼の机の上に『3万円』を置きました。先週、30万円を手にしたので、強気になっていたのです。

ちなみに、場外馬券売り場は開場が9時頃だったので、時間がありませんでした。

 

私は所用のため、テレビを見る事もラジオを聴くことも出来ませんでしたが、深夜帰宅するとき、駅の売店で翌朝のスポーツ新聞の早刷り版を購入して、結果を確認すると、なんと見事に当たっていたのです。

配当金は約3,000円。3万円の購入ですから、払い戻しは、約90万円となりました。

興奮を抑え切れない私は、電車の中でもニヤニヤしていたようで、周囲からは気味悪がられました。

むろん、妻には何も話していません。折角のへそくりですからね。妻には、小遣いを貯めたと嘘を吐いて、何かプレゼントをしようと思っていました。もちろん、Bにもお礼を考えていました。

 

しかし、月曜日の朝、喜び勇んで会社の扉を開けた私に、目を疑う光景が飛び込んで来ました。私がBの机の上に置いた3万円が、そのままになっていたのです。

『まさか?』

と疑念が過ぎりましたが、Bはきっぱりと行くと言ったのです。予想馬券と購入金額は、伝えていましたから、彼は会社に寄らず、直接場外売り場に行ったのだと思い直しました。

ところが、始業時間になっても、Bはいっこうに姿を現しません。

 

私の心は、次第に不安に包まれて行き、やがて失望に変わって行きました。

そして、始業時間から30分後、彼から連絡があり、

『ぎっくり腰になったので、会社を休みたい』

との申し出があったのです。むろん、馬券も購入していませんでした。

 

失望は怒りに変わりました。彼のせいで、2週間で約120万円を撮り損ねたのです。いや、怒りに任せ、

『もし、先週Bが余計なことを言わなければ、60万円が手に入り、そうであれば今週は3万円ではなく、少なくとも5万円は購入していたはずだ。そうであれば、撮り損ねたし金額は180万円だ』

などど、私の被害者意識は、止め処の無いものとなって行きました。

 

結局、Bは会社を一週間休みました。一応、医師の診断書を提出しましたから、ぎっくり腰は嘘ではなかったでしょうが、私に会わせる顔がなかったというのも事実でしょう。

 

ただ、間が開いたお陰で、私の怒りも徐々に収まって行き、代わって自己嫌悪を抱くようになりました。

そもそも、嫌味を言われたぐらいで、自説を曲げた自分が悪いのです。

妻に馬券を取ったことを内緒にした天罰も受けたのでしょう。結婚前、妻とは何度も場外馬券売り場に行っていましたので、彼女に頼めば間違いがなかったのです。

いわば、2週連続の不運は自業自得のようなものでした。

 

一週間後、出社したBに、私は何事もなかったように振舞い、彼もまた一言の詫びも口にしませんでした。私は、それで構わなかったのですが、それ以降Bと競馬の話は一度もしませんでした。

 

この年になりますと、誰の人生にも、幸運の女神が一度は微笑むような気がします。競馬、ロト6、TOTO,ナンバーズ、宝くじ・・・・そのチャンスをものにするか逃すかは、信じ通す気持ちと、心持ち一つのような気がします。

 

私は、悪魔の囁きに心折れ、正夢だと信じ切ることが出来なかった。また、そのレースに1万円を賭けましたが、へそくり全部、10万円を賭ける度胸があれば、少々オッズは下がっても、600万円弱を手にし、妻に相談して貯金を下ろせば、100万円だって賭ける事が出来たでしょう。

払い戻しは数千万円です。私の妻は、そういう太っ腹なところがありますので、きっと私の好きなようにさせてくれたはずなのです。

それを、こっそりへそくりを増やそうなどという姑息な考えを起こしたから、しっぺ返しを食らったのでしょう。30万円も儲けたというのに、まるで螻蛄になったかのような落胆を味わう破目になったのです。

 

ちなみに、それ以降勝ち馬の夢を見る事はありません。今後も無いでしょう。

 

 

 

馬堀法眼喜孝画伯


日本最尊敬列伝・その3

今日は昭和の日、旧天皇誕生日ですね。

天皇誕生日と言えば、皆さんは『馬堀法眼喜孝』という人物をご存知でしょうか?

 

おそらく、圧倒的に知らない人が多いのではないでしょうか。しかし年配の方は、日々何度もこの方の作品を目の当たりにしていたはずです。

 

と言うのも、馬堀氏は旧一万円札の聖徳太子、旧千円札の伊藤博文、旧五百円札の岩倉具視などの肖像画の原作者だからです。

 


『法眼』というのは、絵画の最高位とも言うべき称号で、文字通り肖像画の第一人者でした。

 


題して『日本最尊敬列伝・その3:馬堀法眼喜孝画伯』です。

 

画伯は、歴代天皇肖像画や歴代首相肖像画など、歴史に残る人物を数多く描かれているのですが、実を言いますと、私は画伯の作品を師からいただいています。

画伯も師と親交が深く、師が画伯から頂戴した作品の中から、お裾分けしていただいたという次第です。


私は師から様々な物をいただきましたが、当時はその品の価値が分かりませんでした。師が亡くなられた後、それらを鑑定してもらうと、大変な高価な品だったということが判明し、その都度恐縮しました。

 

また、いただいた品一つ一つに面白い?曰くがあるのですが、それも追々書きたいと思っています。


ところで、私は一度画伯と飲食を共にしています。


私が師の自坊に寄宿して数ヶ月経った頃でした。私は、一旦寺院を離れていました。私が師の寺院に寄宿していることを知った檀家や知人らが、師に抗議をしたからです。師の人徳を知る彼らは子息を師に預け、薫陶を得たいと欲しましたが、師は断り続けていました。


ところが、宗教上の弟子ですら持たない師が、何処の馬の骨とも分からない学生を寄宿させたと知って憤慨したのです。


尤もな抗議に、師はほとぼりが冷めるまで、と私を一時外に出したのです。

 


その間のことでした。師から連絡を受け、夕食を共にする事になったのですが、田舎から出て来たばかりの世間知らずの私は、事もあろうにジーンズにサンダル履きで、師の指定したホテルへ出向くという非常識を犯してしまいました。


今思い出しても、恥ずかしさに身が震えますが、師が指定したホテル内の飲食店は、正装かそれに順ずる服装でなければ入店が許可されない高級店だったのです。

 


店先で押し問答している騒ぎを師が聞き付け、師の顔に免じて入ることができたのですが、そのときに紹介していただいたのが、馬堀法眼喜孝画伯だったのです。


師は、どなたであってもあまり詳細に説明されない方でしたので、そのときは画伯がどれほどの高名な画家か理解していませんでした。

 


さて、師からいたいただいた品の中で、馬堀画伯の作品のみ、その価値が分かりません。


まず、肖像画が一般に流通するものではないということ、そして馬堀画伯の作品と言いましたが、正確には絵画ではないからです。ややこしい言い方ですが、画伯は神話時代の神武天皇から昭和天皇まで、124代の肖像画をお書きになっています。

 


画伯の0号サイズの値段から単純計算すると、一枚の値段は億?ということになってしまうのですが、その絵自体をいただいたのではなく、124枚の肖像画を一枚一枚写真に撮り、一つの額に修めた作品をいただいたのです。


額を2枚いただき、1枚は妻の実家に進呈したのですが、下世話な話、この作品がいったいどれだけの価値があるのか、皆目検討が付かないのです。

 


絵としての価値は、合計百億円?以上ということになりますが、所詮は写真です。所詮は写真ですが、とは言え写真の題材は相当な価値の絵画です。


また、絵画ではないものの、画伯の作品として公の会場に展示されたこともありますので、それなりに価値があるのではないかと思うのです。

 


いやあ、何だか今日は、金だ価値だと、下賎な事ばかりを書いてしまい赤面しますが、一応その額を載せます。


ちょっと分かり難くて申し訳ありません。

 


 

 

マドンナ・その1

ゴールデン・ウィークが始まりましたね。

私は、今年も出掛ける予定がなく、虚しくPCと向かい合っています。

 

折角の連休初日なので、あまり堅苦しい話題は止めました。と言っても、この話題も鬱陶しいだけかもしれませんが・・・・。

 

題して『日本最美少女列伝:マドンナ・その1』です。

 

マドンナ・・・・これも死語なのでしょうか?

男子の誰もが憧れる存在。彼女にしたいが、高嶺の花で、声を掛けることすらできない。マドンナとは、そのような存在でしょうか。

ただ、美形というだけでなく、知的で近づき難いオーラを纏い、出来ればスポーツも万能。これだけ揃えばもう十分ですが、さらに駄目を押すとなると、深窓のお嬢様という肩書きでしょうか。

ここまでハードルが上がると、滅多なことでは出会えませんが、実は高校時代、私はこれらの条件を全て満たした女性に出会ったのです。

 

目鼻立ちの整った正統派の美人。

身長は165センチほどで、スラリとした体型ですが、豊満な胸。

色白でロングヘアー。

そうですね、女優に例えるなら、古くなりますが、映画『愛と誠』の愛役の池上季実子をもっと整った顔立ちにした感じですね。
(TVを見ていたら、Going!Sportのお天気コーナーの『佐藤ありさ』をもう少し整った顔立ちにした感じですかね)

 

しかも、深窓のお嬢様という点では、祖父が重要閣僚や自民党の役職を務め、叔父は内閣官房長官や自民党の幹事長を務めた大物議員という、正真正銘、生粋の良家のお嬢様でした。

その、彼女との不思議な関係。精神の病に罹っていた私に、神からのプレゼントのような出来事。

今回は、私のノスタルジーにお付き合い下さい。

 

私が通った高校は、県下一の名門進学校で、東大の前身である東京帝国大学より前に創設されたほどの歴史を持つ伝統校でした。

上位の100番目だったか、200百番目までだったか、テストの成績上位者が張り出され、学力によってクラスが再編成されるという高校でした。3年生の1学期までに、教科書は全て終了し、以降はひたすら学校側が作成した予想問題集を解いていました。

 

夏休みは、前後それぞれ1週間から10日間削られ、3年生のときは、通常の6時限+補修の2時限、合計8時限の授業を受けていました。補修科目は選択制です。

当然、修学旅行などはありません。ただその分、体育祭と文化祭は大掛かりに行われていました。

 

私が初めてマドンナと出会ったのは、むろん入学してからですが、親しく言葉を交わすようになったのは、2年生のとき同じクラスになってからです。

1年生のときに、彼女の噂はいろいろとで出回っていましたので、実際に同じクラスになったときは、彼女でもないのに胸がときめいたのを憶えています。

 

さて、1学期の初日の事でした。彼女が同じクラスになったことで、少なからず興奮を覚えていたところに、この日とんでもない事が起こったのです。

朝礼の前に席替えを行ったのですが、なんと彼女が私の隣の席になった男性と代わるよう願い出て、私の右横の席に着いたのです。

『どういうこと?』

明らかに彼女の方から私に近付いて来たのですから、頭が混乱するのも無理はないでしょう。

『彼女は俺に気が有るのか?まさか・・・・』

噂で、彼女には中学校時代から付き合っている彼がいると聞いていました。私の目から見ても『ハンサム』な男性でした。その彼女が私に気があることなど有り得ないことでした。

 

ところが、授業の合間の休憩時間になると、今度は彼女から話し掛けて来るではありませんか。彼女から根掘り葉掘り聞かれ、私はますます舞い上がってしまい、とても授業どころではありませんでした。

 

そのような日が、しばらく続いた後、彼女があらたまった物言いになりました。私は、

『まさか、告白か?』

と、口から心臓が飛び出すかと思うくらい緊張しながら、彼女を注視していました。

すると、彼女は少しはにかみながら、

『安岡君(実際は本名です)って、A君と親しいでしょう?』

と言ったのです。

『そういうことか・・・・』

私が彼女の真意を悟るには、その言葉で十分でした。

 

Aと言うのは、私の中学からの大親友で、これまたとにかくかっこいい男でした。

そうですね、全体の雰囲気は若い頃の福山雅治でしょうか。顔立ちも彼と竹野内豊の良い点を合わせた感じと言えば言い過ぎかもしれませんが、それぐらい良い男でいた。

身長は180センチ、2年生ながらテニス部の主将を務めるほど人望があり、頭脳の方は成績によって再編成される9クラスの他に、特別に設けられた、3年間同じメンバーで過ごす、特級クラスの一員でした。

性格はといえば、それだけ恵まれていながら、傲慢なところが微塵もなく、温厚で人に気遣いのできる男でした。まさに、非の打ち所のない男だったのです。

 

私は小学校の頃からAに憧れていました。

サッカー、バスケット(ポートボール)、陸上競技・・・・6つの小学校対抗戦のとき、必ずAの小学校と私の小学校が決勝戦を戦ったのですが、彼はそのライバル校のエースだったのです。

私は、エースではなく2番手の位置付けでしたが、とにかくAはかっこ良かった。

私を始め、ほとんどの男子が前髪を額のところで揃える、『おかっぱ風』の髪型をしていたのですが,彼だけはやや長髪で、センター分けしていたのです。

 

中学時代、そのAと私は仲良くなり、特に3年生のときは、生徒会長になった彼が、私を議長に推薦したため、彼と2人で様々な行事を仕切って行きました。

成績、スポーツ、容姿、性格、すべてにおいて私を凌駕するAは、私にとってライバルなどではなく、憧れの存在であり、雲の上の男でした。

 

マドンナは、私にそのAを紹介して欲しいというのです。彼女は中学から付き合っていた彼と別れてまで、Aと付き合いたいというのです。

私にすれば、悔しいとか落胆とか嫉妬とかという感情はありませんでした。(いや、少なくともこの時点では、と注釈して置きましょう。)

ですから、私は喜んでマドンナにAを紹介しました。まさに、典型的な美男美女のカップルの誕生でした。

 

しかし、半年後の秋、マドンナと私は恋人同士になるのです。それはいったいどういうことなのか?

申し訳ありませんが、この続きはいずれとさせていただきます。

 

 

中野浩一

日本最真の偉業列伝

今回は、第十回ということで、『10』という数字に関わるテーマを取り上げたいと思います。

スポーツですと、『10』と言えば、サッカーや野球などの背番号が思い浮かぶと思いますが、そうではなくスポーツ選手としては、私が最も偉大な業績を挙げたと評価している、『中野浩一』氏について書きたいと思います。

 

題して、『日本最真の偉業列伝』です。

 

中野氏は、1977年から1986年まで、世界自転車選手権のスプリントにおいて、前人未到、空前絶後の10連覇を達成しました。むろん、彼以降更新されていない不滅の記録です。

 

自転車競技というと、日本ではあまり人気がありませんが、サッカーW杯、五輪と共にツール・ド・フランスが、世界三大スポーツイベントに数えられるほどのメジャースポーツであり、特に欧州ではサッカーと共に絶大な人気を誇ります。

ただ、人気があると言うだけでなく、自転車競技者は市民から尊敬の眼差しを受けるくらい社会的地位が高い存在なのです。

 

その自転車競技の世界大会で、10連覇を成し遂げた中野浩一氏の欧州での尊敬度は、並大抵でなく、日本人が想像を絶するもので、もはや伝説の域に達しています。

おそらく、日本人では知名度NO1のビッグネームでしょう。今でも、国際大会になると世界の自転車競技者は、まず中野氏に挨拶に出向き、必ずサインをねだります。彼らにとっては、それぐらいの憧れの存在であり、偉大な選手だったのです。

 

10連覇がいかに凄いことか・・・・。たとえば、ロンドン五輪・水泳の北島選手、もし金メダルを獲得すれば3連覇となりますが、単純計算で9年ということになります。これも凄いことに変わりはありませんが、ただ五輪は4年に1度ですから、その間の大会で常に世界一だったわけではありません。

事実、北島選手は世界選手権では破れたり、不参加で体調を整えたりしていました。柔道の野村選手も五輪で3連覇を達成しましたが、同様でした。

 

しかし、10連覇となると、その間体調を崩しても、故障してもアウトです。中野氏も体調不良や怪我があったことでしょう。事実、8連覇が懸かった1984年は、鎖骨を骨折し、一旦は癒え掛けたところに、レースで落車をして再び負傷してしまい、出場さえ危ぶまれました。ところが、なんと彼は無理をして参加したばかりか、その年も優勝し、記録を継続したのです。それが、彼の伝説化に拍車を掛けた一因でしょう。

 

しかし、このような偉業を達成しているのにも拘らず、彼は『国民栄誉賞』を受賞していません。

 

これまた反感を覚悟で言えば、スポーツ選手としての実績は、これまで受賞したスポーツ選手の中では一番で、あの世界のホームラン王の『王貞治』氏より上だと思います。

世界的に見れば、野球という競技は自転車競技よりマイナー競技であることや、ホームランの世界記録と言っても、選手レベルの差、球場の広さの違いなどの理由で、米国においては、それほど認知されているわけではないことが指摘できると思います。

 

野球関係者はそれなりの敬意を払いますが、一般国民は王氏の記録は知らないか、評価はしていないと思います。むしろ、イチローの方が断トツで評価されているでしょう。

なにしろ、同じフィールドで戦っていますから・・・・。

そうですね。イチローの『10年連続シーズン200安打達成』という記録も偉大ですね。

中野氏の偉業に匹敵すると思います。彼は辞退しましたが、当然国民栄誉賞に値します。

むろん、国民栄誉賞は記録だけでなく、広く国民に感動と勇気を与えることも受賞理由の一つですから、決して王氏の受賞にケチを付けるものではありません。

 

ついでに、他のスポーツの個人記録で、その価値を比較しますと、

 

野球:上記したイチローの『10年連続シーズン200安打達成+日米通算4,000本安打』。(これは達成可能)

サッカー:男子はバロンドールを2回受賞。女子は5回受賞。(連続でなくても良い)

男子サッカーは世界最高のスポーツであり、競技人口から鑑みると、一度でも受賞すれば偉業です。したがって、メッシは五回以上受賞するでしょうから、もはや人間業ではなく、神の領域に入っていると言っても過言ではないでしょう。

水泳:北島選手が、ロンドン五輪で3大会連続2冠達成したうえで、4大会連続2冠達成か、5大会連続金メダル獲得。(共に金メダル8個)

体操:内村選手が、五輪で3大会連続個人総合金メダル+種目別で金メダル合計6個獲得。(北京大会での個人で金メダルだったら、可能性は有った)

柔道:日本発祥のお家芸なので、五輪4連覇+その間の世界選手権を連覇。

といったところでしょうか。

 

あくまでも、中野氏の実績との比較であって、それ以下の成績でも十分受賞する価値はあります。

 

 

 

さて、それほどの偉業を成し遂げたのに彼が国民栄誉賞を受賞出来なかった理由は二つあります。

一つは、10連覇の価値そのものに疑問符が付いたことです。当時のスプリント種目は、旧ソ連などの共産主義国家で、国から報酬を受けて生活していた、いわゆるステート・アマが強さを誇っていた時代であり、プロのみの参加だった世界選手権の価値を疑問視する向きがあったのです。

 

しかし、世界規模の大会に、日本人選手が10年連続で出場することすら滅多に無い時代ですし、上記したように10連覇自体が至難の技であることから言えば、彼の偉業が著しく貶められることはないでしょう。

 

むしろ、もう一つの理由が大きかったと思います。

それは、当時はまだ『競輪=ギャンブル=裏社会との関連=悪』という連鎖のイメージが拭い去られていなかったことです。特に主婦の間で顕著だったと思います。

 

近年、公営ギャンブル界はクリーンなイメージ戦略に成功し、女性人気も博すようになりました。もし、彼の偉業の達成が今日であったならば、間違いなく国民栄誉賞ものでしたね。

 

小沢一郎

今日は、重大な判決があったので、それをテーマにしたいと思います。

 

今朝、小沢氏に『無罪』の判決が出ました。これに関しては、至極当然のことで、もし有罪にでもなれば、司法の自殺となったことでしょう。

 

まず、私の立場を明らかにしておきますと、個人的には反小沢です。理由は、感情的なものではなく、彼の政治姿勢や手法、政策が私の哲学と相容れないからです。これに関しては、今後も触れることがあると思います。

 

しかし、個人の立場や感情と、法とは全く別物です。ところが、世論は混同しマスコミは迎合する。小沢憎しで凝り固まっているとしか思えません。

まず、今回の嫌疑である、『政治資金収支報告書の虚偽記載』は、本来東京地検特捜部が動くような犯罪ではなく、修正申告で済む話です。

 

それを特捜が動いたということは、結果的に小沢氏側の『政権交代阻止で一致した官僚の陰謀』という主張もあながち間違いではない気がします。

結果は、不起訴になったのですが、国民感情がそれを許さず、検察審査会による起訴となったわけです。

これはもう裁判の体をなしてはいません。『疑わしきは罰せず』というのが裁判の原則であり、確たる物証もないどころか、状況証拠も薄く、ただ小沢氏の悪のイメージが先行しての起訴であるとしか思えません。

そして、唯一の拠り所だった元秘書である石川被告の供述も、捏造というか誘導性が高いということで、証拠不採用になってしまいました。なんという御粗末さ、まさに茶番劇です。

 

とはいえ、小沢氏は全くの無罪放免というわけではありません。民間人であれば、これで終了ですが、公人である小沢氏には刑事的責任とは別に、政治的責任というのがあります。元秘書が三人も逮捕されたという道義的責任もあります。

元々、彼が国会などで資金の流れについて明確な説明をしていれば、検察審議会による起訴などありえなかったわけですから・・・・。

 

自民党は、引き続き国会での証言を求めて行く方針のようですが、もし小沢氏が裁判での無罪を盾にしてこれを無視し、今後この問題に一切に口を噤むのであれば、国民に出来る残りの手段はただ一つ。政治的、道義的責任を問う形で、選挙で落選させることです。それが、民主国家の正しい方法です。

ただ、地元、岩手県での小沢氏の地盤は磐石でしょうから、彼は落選しないでしょう。しかし、彼を取り巻く議員たち、とくに小沢チルドレンと言われる議員たちを落選させることは可能です。そうして、小沢氏の政治的影響力を小さくし、事実上政治生命を絶つのです。

もう一度言いますが、あくまでも小沢氏が、明確で合理的な説明をしなかった場合ですよ。

 

本来、小沢グループの議員たちが、本当に小沢氏の無罪を信じていたのなら、国会で説明するよう進言しなければならなかった。それもせず、ただ裁判で無罪になったからといって、鬼の首でも獲ったかのような態度には虫唾が奔ります。半ば、彼らも同罪のようなものです。(言い過ぎかな・・・・?)

 

さて、私の親族らも皆小沢嫌いのようで、彼のニュースが報道されると、一応に批判を始めます。たいていが金に汚いという言い分なのですが、そういう親族たちに私は必ずこう問うのです。

『金にきれいで女性問題も無い、いわゆる清廉潔白だが無能で国益を損ねる首相と、愛人を囲い賄賂の臭いもするが、国益を図ることのできる有能な首相と、どちらが良いか。例えば、5億円ぐらいの賄賂を貰っても、1000億円の国益を生めばどうか、1兆円ならどうか・・・・』と。

 

誤解のないように言いますと、鳩山氏も菅氏も決して身奇麗ではありません。鳩山氏は、いわゆる御小遣い問題がありましたし、菅氏には外国人からの献金問題があります。また一方で、小沢氏の政策が国益に資するとは思えませんので、この三人を例えているわけではありません。あくまでも、究極のたとえです。

 

 

すると、親族たちは一応に黙ってしまいます。鳩山氏や菅氏が、あまりにも無能だったことをあらためて認識し、ロッキード事件で逮捕された田中角栄氏を思い出すのです。

親族らは、田中角栄氏には今でも好感を抱いているようで、私の問いに自己矛盾を感じるのです。

 

しかし、とかく日本人は軽微な事に神経質過ぎます。政治家に聖人君主を求め過ぎます。世論を反映してか、マスコミも収賄などの重罪ならともかく、収支報告書の記載ミスなどの形式犯や女性問題で、すぐに政治家を叩きます。その結果、清濁併せ呑む豪放磊落な政治家がいなくなり、小粒で胆力のない政治家ばかりが残ってしまいした。

日本国内だけの問題であれば、それでも良いでしょう。しかし、想像して見て下さい。

いくら東大出身で頭脳明晰でも、純粋培養のもやしっ子のような政治家が、北朝鮮の金正日(亡くなりましたが)、中国の胡錦濤、ロシアのプーチンら、まるで悪の権化のような曲者を相手に、丁々発止の駆け引きをして、日本の国益を守る交渉が出来ると思いますか?

少なくとも、鳩山氏や菅氏では、無理だとわかるでしょう。彼らなら、まだ小沢氏の方がましです。

 

現実に、普天間問題で日本がどれだけの国益を損ねたか、考えて見て下さい。いや、鳩山氏の考えは、正しいのです。私も支持します。ですが、方法論とコンセンサスがないまま独断専行してしまうこの幼稚さ。これが国益を損ねるのです、非常に危ういのです。

 

小粒になったのは、政治家だけではありません。官僚も、財界人も同様です。それはつまり日本人自身の質の低下ということなのでしょう。このままでは、日本の未来は暗いと言わざるを得ません。

起死回生の方法は、ただ一つ、教育です。国家百年の体系は教育しかありません。それについてはいずれまた・・・・。

 

さて、またマスコミ批判を一つ。

テレビ朝日の『ワイド・スクランブル』。これには唖然としました。

トップの話題が、『小沢氏の判決』でもなく、『京都の警察による被害者リスト漏洩問題』でもなく、『長谷川理恵の熱愛』だって・・・・。しかも、妊娠?という話題です。呆れて物が言えません。

内容から、もし彼女が妊娠していれば、これって完全に二股ですよね?

妊娠していなくても、二股の可能性が高いし、二股でなくても、別れて二ヶ月ですよね?しかも、彼女は神田正輝氏とは結婚を切望していたわけですよね?

それが、簡単に気持ちの切り替えが出来るのですか?

恋多き女?誤魔化しに過ぎません。反感を覚悟で言えば、私の目には単なる『色情女』にしか映りません。

 

それを、出演者は、挙って満面の笑顔を浮かべ、祝福モードで放送している。ただ一言だけ、福岡翼?氏のコメントを流したときに、『二股・・・・』という言葉が出ましたが、スタジオではそのことに触れませんでした。

これらが異様な光景に映ったのは私だけなのでしょうか?私の神経の方が異常なのでしょうか?

国民の関心があるようなので、放送自体をどうのこうのと言っているわけではありません。百歩譲って祝福モードでも良いでしょう。しかし、せめて上記の重要な話題の後にしてもらいたかった。そうでないと、二つの話題の重要性が著しく薄れてしまう。彼女の話題の後では、法廷問題や、警察の不祥事の真実が伝わり難くなる弊害が出てしまいかねない。

 

私は、芸能ニュースと政治や事件のニュースを同一番組で扱うことに反対ですが、もし扱うのであれば、放送の順番を考慮するとか、深刻な事件と芸能ニュースの間にはCMを挟むとかの配慮をしたうえで、視聴者に混乱や誤解を生じさせない放送に取り組んで欲しいと思います。

 

古い話ですが、かつて社会評論家の大宅壮一氏が『一億人総白痴化』という流行語を生み出しましたが、昨今の番組の質の低下を見るに付け、当を得ているようで、暗澹たる思いになります。

 

もっとも、若い世代のテレビ離れは顕著ですし、案外彼らはインターネットなどで真実に触れているような気もします。それがせめてもの救いでしょうか。

 

 

闘魂 – A・猪木と高田延彦

日本最尊敬列伝

今回の『闘魂』というのは、私の選択ではなく、この人のキャッチフレーズです。

そう今回は、『燃える闘魂』アントニオ猪木氏と、もう一人の人物との想い出を書きたいと思います。

 

その前に、今朝ダルビッシュがヤンキース戦で好投し、3勝目を挙げましたが、よく分からないのが、フジTV系列の『知りたがり』で、ナレーションが『1回を三者凡退・・・』と言っていたことです。細かいことですが、実際は四球を一人出しています。

よく分からないというのは、なぜこんな単純なミスを犯すのだろうか?ということです。あまりに不思議です。試合終了から2時間も経っているのだから、十分確認できるはず。

 

また、昨日の朝ズバ!では、香川のニュースの中で、『欧州四大リーグでの優勝は、中田英寿や中村俊輔がありますが、連覇は初めてです』などとほざいたのです。

明らかな間違いです。中村が所属していたスコティッシュリーグは、欧州リーグランキングの10位以内にも入っていません。

 

考え得るに、試合を見ていない奴が、適当に台本を書いているとしか思えない。

この手のミスは、これに限ったことではありませせん。私は、何度も目の当たりしています。いや、『知りたがり』や『朝ズバ!』は、一応情報番組ですから、目を瞑るとしても、スポーツ番組でもこういうミスがあります。スポーツ番組の制作スタッフぐらいは、ちゃんと試合を見てろよ!と言いたくなります。

 

ついでに、以前日本の国債について、某著名弁護士がしたり顔で『日本の国債は、米国や中国に買って貰わないといけないので、また両国に頭を下げなければならない』と発言しました。

『はあ?』

本当に呆れてしまいます。これで知的さを売り物にしている人物のコメントでしょうか。彼は法律関連以外の、あらゆる分野のテーマに、知ったかぶりのコメントをしています。

まあ、彼に限らず、日本の情報番組は専門外の人間が良くコメントしますね。米国が良いというわけではありませんが、あちらではきっちりとすみ分けされているようです。

 

ご存知のように、日本の国債の90%以上は、日本国内の投資家が購入しています。たしかに、このところ外国人の保有率は上がっていますが、これはドルやユーロの値下がりを懸念し、換金性の高い国債を購入したためで、日本が頭を下げて購入してもらったわけではありません。また、米国や中国が、日本国債を保有する会社の株主であれば、間接的に両国が購入している、と言えなくもありませんが、それはこじつけに過ぎないでしょう。

 

バラエティ?情報?番組だから、適当なことを言っても許される、あるいは頭の隅に残っている知識を確認しないで発言してしまう、この軽率さ・・・・。

このような風潮が垣間見えて嫌悪感を抱きます。

 

さらに、誤字脱字も目に余ります。ワープロ変換の影響なのでしょうが、実際に作業しているであろう新人クラスの若者はともかく、ディレクターなり何なりがちゃんとチェックしろよ、と声を大にして言いたくなります。もし、チェックしてこの状態ならば、完全に国語力が落ちているという、これはこれで由々しき問題になります。

さすがに、新聞に誤字脱字は見られませんが、テレビ局も正確な情報を発信する責務を負っていることに変わりはありません。番組制作者は、その意識が低いように思えてならない近年です。

 

私もあまり偉そうに言うと、自爆してしまいそうですが・・・・。マスメディアの質の低下は、これからも随時触れて行きたいと思います。

 

 

さて、ようやく本題ですが、もう三十年近くも昔になるでしょうか、新婚の年に、師のお誘いで妻と共に総本山へ参拝しました。師の縁の宿坊に泊まったのですが、そこにいたのがA・猪木氏でした。

当時、A・猪木氏は師に師事していましたので、師が誘ったということでした。そしてもう一人、A・猪木氏の付き人として同行していたのが、まだデビュー前の高田伸彦氏でした。

 

『あれ?高田は、「延彦」では?』と疑問に思われるかもしれませんが、デビュー前は『伸彦』でした。

 

二人は本堂で瞑想したり、滝行の水に打たれたりしていました。

本堂への、三百?メートルほどの急勾配の坂道を、私たち夫婦は休み休み上って行きましたが、高田氏はトレーニング代わりにと、走って3,4往復していましたね。プロレスラーの体力ってこういうものなのか・・・・と感心したものでした。

 

師はA・猪木氏と一緒に風呂に入り、私は高田氏と入りました。ともかく、デビューするのが嬉しくて仕方がない様子だったのを覚えています。

高田氏は、とにかく食欲が凄くて、私たちは酒を飲んでいたのですが、高田氏は酒を飲むことはなく、ただひたすら、がっつくように御飯を食べていました。

 

当然、配られた膳では足らず、何杯もお替りをしていました。おかずが足らないだろうと、私たちがそれぞれ一品ずつカンパしたのですが、それでも足らず、最後はお櫃を抱えるようにして御飯のみを食べていました。それはもう、物凄い食欲でした。力士と同じで、身体を大きくすることに必死だったのだと思います。

 

さて、師に断りを入れて、A・猪木氏にサインをお願いすると、氏は快諾したのですが、私が色紙を10枚用意すると、一瞬、

『むっ!』とした表情になりました。

そこで咄嗟に、

『私と妻の親族中が貴方の大ファンなので、とても喜ぶと思います』

と私が言うと、

『お、そうですか』

A・猪木は途端に相好をを崩し、一枚一枚丁寧に書いてくれました。

 

高田氏にもサインを頼んだのですが、こちらは風呂のとき、あらかじめ了解を得ていたこともあって、とにかく色紙はもちろんのこと、Tシャツや手帳や小物類と、ありとあらゆる物にサインをしてもらいました。

高田氏はデビューする前だったので、サインの練習をしていたと思いますが、おそらく初めてのサインだったのでしょう、嫌な顔どころか、嬉しそうに書いてくれましたね。

 

翌朝、レスラーの木村健吾氏が車で迎え来て、帰って行きました。高田氏は車の免許を持っていなかったのか、運転を信用されていなかったのでしょうね。

 

大阪に帰った私はプロレス番組をチェックし、高田氏がデビューするのを心待ちにしていたのですが、いよいよデビュー試合というとき、彼の名前が『延彦』に改名されていたので驚いたものでした。総本山で書いてもらった『高田伸彦』は幻のサインということになるのでしょうね。

 

大変失礼ながら、その後高田氏があれほどの人気レスラーになるとは、思いも寄らないことでしたが、そうなると『高田伸彦』のサインは、たとえば紙幣や切手のミスプリントのように、価値があるではないかと思うのです。

 

以前、『YAHOO!オークションに出品したら、いくらの値が付くかな?』などと、妻に聞いて、顰蹙を買ったことがありました。

 

テレビで活躍している二人の姿を拝見する度に、あの時の光景が懐かしく脳裏に浮かんできます。

 

師の死-悔恨

日本最悔恨列伝

『日本最○列伝』などと、最上段に構えてしまったため、内容が表題から逸れることが多く、恐縮しています。今回も逸れてしまいますがご了解下さい。

 

私には、今もって傷の癒えることのない痛恨事を犯しています。一生、忘れることのない後悔の念が、澱となって心底に横たわっています。

 

題して『日本最悔恨列伝』です。

 

師は、すでに十五年も前に他界されています。

若くして厳しい荒行を達成され、総本山の役員も務め上げられた後、師は下山されました。

下山後も、師は順調に出世?され、五十代前半で京都のある本山の執事長に就任されました。他宗派はわかりませんが、師の宗派では大変に異例の人事でした。というのも、執事長に就任するということは、貫主の後継者と認められたということだからです。もし、五十代で本山の貫主就任となれば、これまた異例中の異例なことでした。

 

 

ところが、手続きの不備から、一転師の貫主就任は混迷を極める事態になります。横槍が入いったため、泥沼の暗闘が繰り広げられたのです。その過程で、欲の無い師は貫主の座を先方に譲ろうとなさいましたが、すでに師を取り巻く思惑がそれを許さず、師は心労のあまり体調を崩されました。

 

結局、師はどうにか貫主の座に就かれましたが、わずか二年後に心労で崩された体調が尾を引き、この世を去られてしまわれたのです。

暗闘の間、師の傍らで経緯をつぶさに見ていた私は、宗教の世界も、いや宗教の世界だからこそ余計に、権力、名誉欲丸出しの横槍に辟易したものです。

『・・・・たら、・・・・れば』と言っても詮無いことですが、もしあの横槍がなかったら、すんなりと師が貫主に就かれていれば・・・・と思うと今も残念でなりません。

ですが、私の悔恨というのは、そのことではありません。私が悔いているのは、師を手助けすることができなかったということです。

いや、宗教上の事に私の出る幕はありませんから、せめて傍らに居た私が師の体調管理に注意をすべきだったと後悔しているのです。師の明らかな体調の異変に、私は気付いていました。気付いていて、ありきたりの気遣いしかしなかったのです。強引に検査をするよう進言しなかったのです。おそらく師は病院へは行かれていないと思われます。

 

正直に言えば、師より私の方が、『五十代で貫主就任・・・・』という冠に拘っていたのです。政治家と同様、病気というのは貫主就任に致命的になります。また、もしこの機会を逃せば、今度は何時チャンスが巡って来るかわからない世界だということも、私にそうさせた要因でした。

 

師の死後、精神的支柱を失った私は抜け殻のようになり、やる気を無くしました。人生の目的を無くし、ただ無為に日々を送っていました。そのような私に、今回の試みを進言してくれたのが、長年の知人・友人であるN氏でした。

 

数年前、ある事で久しぶりに再会したN氏とは、その後定期的に酒を酌み交わすことになったのですが、その折、私が見聞きしたことをブログに書いてみたらどうだ、とアドバイスを受けたのです。

 

正直、当初はやる気がなかったのですが、体調を崩したとき、ふと『もし、このまま死んでしまったら、親、兄弟、親戚たちは、私を誤解したままになってしまう。私の死後、彼らが私の真実の生き様を知る術を残しておきたい』との思いが過ぎりました。

 

そこで、ブログを書くことにしたのですが、その過程で小説も書き始めたということなのです。プロではありませんから、拙い文章ですが、読んでいただけたら幸いです。

上記の師の貫主就任時の暗闘も小説『黒い聖域』として執筆中です。いずれ機会があればアップしたいと思います。

 

 

香川真司

日本最注目列伝

さて、前々回にマスコミを批判したばかりですが、相変わらずく○ですなあ、日本のマスコミは・・・・。と、思わず下品なことを言いたくなりました。

 

何のことかと言いますと、今回はいま最も注目する人物に焦点を当てたいと思ったのですが、彼のニュースの扱いがあまりに小さいので憤慨しているわけです。

 

いま最も注目している人物。彼には、驚愕、あっぱれ、期待というのも当てはまっているのですが、あえて注目というテーマで取り上げました。

 

今年の注目人物ということで言えば、政界に目をやると、おそらく衆議院選挙があるでしょうから、大阪維新の会と橋本大阪市長が浮かびますし、夏にはロンドン五輪もありますので、すでに取り上げたなでしこJAPANや、水泳の北島の三大会連続二冠達成成るかというのも注目です。もし達成すれば、彼には国民栄誉賞が送られることでしょう。また、絶対王者の体操内村、女子レスリングの吉田、伊調、ハンマー投げの室伏らも注目ですが、今年一年という観点からすると、野球・MLBテキサスレンジャーズのダルビッシュ・有とサッカー・ブンデスリーグ・ドルトムントの香川真司の二人ということになります。

 

 

日本では、ダルビッシュ・有の扱いが大きいわけですが、世界的な知名度となれば、香川真司ということになります。

 

野球ファンには申し訳ありませんが、野球は米国を中心とした北中アメリカ大陸と南米の一部、そして日本、韓国、台湾といったアジアの一部でしか人気スポーツではありません。対して、もう言うまでもなくサッカーは世界NO1スポーツであり、その市場規模は五輪をも上回ると言われています。単独スポーツが五輪を上回っているのですから、野球とは比較のしようもありません。

 

ダルビッシュに関しては、今年は一年目ですし、実績を残したときに取り上げたいと思います。ということで、今回は香川真司選手を取り上げたいと思います。

 

題して、『日本最注目列伝』です。

 

冒頭に、マスコミに悪態を付いたのは、彼が成し遂げた偉業に対して、ニュースとしての扱いが小さかったからです。むろん、一般ニュースのトップで報道しろなどとは言いません。しかし、スポーツニュースの中では何を置いても、一番に報道するべきでしょう。

それが、局によってはプロ野球だったり、ゴルフだったり、フィギュアだったり・・・・。

特集はテレビ朝日だけでしたね。なんなんだ、いったい?と目を疑いたくなりますね。

スポンサーとの兼ね合いや、権利取得した競技を優先しているのでしょうが、あまりの認識の低さに情けない思いになります。日本におけるサッカーの位置付けの低さが再認識された思いで残念です。

 

サッカーに携わった人々、またサッカーファンであれば、香川が成し遂げたことがいかにエポックメイキングな出来事かがわかるはずです。

日本人選手が、欧州四大リーグで2連覇を成し遂げたクラブの中心であることなど、誰が予想できたでしょう。香川も、フィジカルの強いドイツで通用するはずがないというのが専らの評価でした。それを覆してのMVP級の活躍なのです。

 

過去に中田英寿がイタリアセリエAのローマでリーグ優勝したことがありますが、残念ながら彼は控えの選手に過ぎませんでし、中村俊輔がセルティックでMVPの活躍をして優勝しましたが、これも残念ながら、スコットランド・リーグは欧州リーグランキングで10位以内にも入っていません。二人とも、評価という点では香川とは比べようもありません。

 

香川がいかに貢献したかという事実があります。

ドイツでも屈指の名将と評価の高いユルゲン・クロップは、2008-09シーズンよりドルトムントを指揮していますが、香川が入団するまでは6位、5位に終わっていました。つまり香川が入団してから2連覇を達成することができたのです。

まあ、これは監督になって3年目となり、チームに戦術が浸透したこと、他の選手の成長や補強が上手くいったこともありますので、香川だけの力ではないでしょう。

 

ただ、昨シーズンの前半戦の17試合、香川は8ゴール、1アシストの活躍でMVPを獲りました。チームも14連勝でトップを独走しました。

アジア杯で香川が骨折し、戦線離脱すると、チームも下降に入り、前半の貯金でどうにか優勝できたという感じでした。

今シーズンの開幕当初は、香川が骨折の影響で不調の間、チームも低迷していましたが、彼の復調とともに、チームも浮上し、26戦無敗というブンデス記録を更新継続中のまま優勝したのです。つまり、香川の出来がチームの成績に直結しているということになります。過去にこのようにチームに影響力のある日本人選手はいませんでした。

 

たかがサッカーに、何をそんなに熱くなっているのだと思われる人もいるかもしれませんが、私はサッカーの持つ力は大きいと思っています。W杯のために、戦争中ですら一時休戦するほどのスポーツなのですから・・・・。

 

野球はWBCで2連覇しましたが、その結果何か目に見える国益がありましたか?

もし、サッカーW杯で優勝でもしようものなら、日本という国そのもの価値が今以上に跳ね上がり、外交や経済活動で大きな有益をもたらすでしょう。

 

経済大国である日本は、あまりそういうことを考えませんが、実際スポーツを国家のイメージ向上戦略に利用している国だって有るほどです。例えば、アニメや漫画などソフトパワーが世界を席巻し、日本のイメージを向上するのに寄与していますが、W杯で躍進すれば、それらが十年掛かって挙げた成果を、たった一ヶ月で達成することが出来るでしょう。

 

実は、私は物心が付いた頃から、ずっとプロ野球ファンでした。しかも、大の阪神ファン、トラキチでした。祖父が阪神ファンというか、大のアンチ巨人だったので、その影響を受けたのです。

ただ、サッカーも好きで、週刊誌を買っては情報を仕入れていたのですが、それが役に立つときが来るとは思っていませんでした。中学のとき、サッカー部が無かったので野球部に入ったのですが、三年生の夏に大会が終了すると、ふと私はサッカーチームを作りたいと思い立ったのです。
サッカーの大会は秋でしたので、参加しようと思ったのです。学校側を説得し、急遽メンバーを募って、即席チームを作りました。

私がキャプテンとなり、レギュラー選考やポジション決定も独断し、練習メニューから戦術まで取り仕切りました。そして、なんと地区大会で優勝してしまったのです。

さすがに、引け目がありましたので、県大会への出場は辞退し、準優勝チームに権利を譲りましたが、そのときのチームを一からマネージメントする面白さは格別なものがありました。

 

さて、話を元に戻しますと、中田英寿が作った道を中村、小野、稲本、高原、松井大らが通りましたが、ドイツ大会の惨敗で、日本人の評価が急落し、通行止めになってしまいました。

それを、本田と長友が再び開通させ、香川が二車線に拡げました。

 

私は、今後香川がどこまで上り詰めるかによって、それが二車線のままなのか、三車線にも四車線にも拡がるのかが決まると思っています。そして、ブラジルW杯で日本がベスト8以上に進出できるかどうか、また向こう十年の日本サッカー界の辿りつく地点がどこになるかも決まると思っています。

彼が、選手として頂点に近付けば近付くほど、日本サッカー界も上へ上へと引き上げられるということです。

 

そういう意味で、香川がチームに残留するのか移籍するのか、移籍するのであれば、噂に上っているマンーUかチェルシーか、それともACミランか?ということは大変重要なことなのです。

香川選手のドルトムントでの成功で、ドイツでの日本人選手ブームが巻き起こっているのは承知のとおりです。今夏も清武(C大阪)、酒井宏(柏)あたりの移籍が確実視され、他にも原口(浦和)や金崎、永井(共に名古屋)あたりも注目されています。これが、二車線という意味です。

もし、香川がマンーUで活躍するようなことがあれば、日本人選手の価値がさらに上がり、欧州クラブへの移籍は加速し、日本サッカー界の未来は明るいものになる。つまり、三車線にも四車線にも拡張されるということです。

 

香川の移籍問題は、ただの一選手のそれでは収まらないのです。ダルビッシュ選手のお別れ会見での、日本プロ野球を背負う・・・・発言に通ずる意味合いがあるのです。

 

もうすぐ香川の去就が定まります。彼の決断は要注目です。

 

 

田原総一郎と川淵三郎

日本最あっぱれ列伝

今回は、前回の『喝』の裏返しで、『あっぱれ』を取り上げたいと思います。

題して『日本最あっぱれ列伝』です。

 

『あっぱれ』となると、これまた候補は多数なのですが、前回のテーマだった『マスコミ』繋がりという観点から二名を取り上げました。

 

ジャーナリストの田原総一郎氏と、日本サッカー協会名誉会長・川淵三郎キャプテンです。

田原総一郎氏は理解できるとしても、川淵Cがなぜ?と思われるかもしれませんが、ちゃんとマスコミ繋がりの『あっぱれ』があるのです。

 

 

まず、田原総一郎氏です。

民主主義の根幹の一つに『言論の自由』というのがあります。日本は、中国や北朝鮮などの独裁国家とは違い、政権批判を始め、自分の主義主張を自由に述べることができます。むろん、自己責任の許に差別的な言葉や、名誉毀損には注意しなければなりませんが・・・・・。

しかし日本にも、ほんの二十数年前までは、この当たり前である言論の自由を標榜する裏で、厳然として公に論ずることが出来ない『タブー』が存在していました。

 

天皇(皇室問題)、宗教(カルト集団)、被差別部落、北朝鮮、暴力団・・・・これらのテーマについて、とくにテレビ局は自由に発言が出来ない状態でした。

何か一言でも批判しようものなら、それぞれ右翼団体、当該宗教団体、部落開放同盟、朝鮮総連、当該暴力団から圧力が掛かるからです。

テレビ局だけではなく、役員や制作担当者の自宅まで押しかけ、恐喝や嫌がらせを繰り返すため、面倒なことは避けたいという思惑から、自主規制を行っていたのです。

 

その分厚い壁を打破したのが、まさしく田原総一郎氏です。

ご存知の通り、今でも毎月放送されている『朝まで生テレビ』の放送開始です。当初は、深夜の1時ぐらいから、朝の6時くらいまで生討論をしていたと思います。この討論番組の中で、それまでタブーとされていたテーマを次々と取り上げていきました。

 

おそらく、相当な圧力が掛かっていたと推測されます。文字通り命懸けの挑戦だったと思います。それにも拘らず、果敢に切り込んでいった同氏の勇気には頭の下がる思いです。

むろん、同氏だけではなく、出演者や制作スタッフの勇気や苦労にも拍手です。

 

田原総一郎氏がいなかったら・・・・などと言うつもりはありません。同氏がやらなければ、いずれ誰かがやったことでしょう。しかし、五年から十年ぐらい遅くなったことは確実です。

そういう意味で、田原総一郎氏に『あっぱれ』です。

 

次に川淵三郎Cですが、

その前に、現在の日本のプロ野球界をどう思いますか?

最近、巨人がドラフト一位選手に高額の契約金を支払っていたことが暴露されました。

巨人サイドは、契約金、1億5000万円+出来高、5000万円は緩やかな基準にすぎず、上限ではないという苦しい抗弁をしましたが、仮にその言い分を認めたとして、基準が1億5000万円であれば、常識的な上限はいくらぐらいが妥当でしょうか。

 

人それぞれに思い浮かぶ額があるでしょうが、まさか7億から10億というのは想像外でしょう。倍額の3億というところが常識的な線ではないでしょうか。

つまり契約金、1億5000万円+出来高、5000万円というのは、世間の批判を逸らすための方便であり、実態は無制限だったというのが真実でしょう。

 

さて、ドラフトに纏わる暗部は、これに限ったことではありません。ともかく、巨人が自らの利益のために好き放題にごり押しをしてきた歴史があります。では、何時から巨人はこれほどまで傲慢になったのか。それは、渡邉恒雄氏が巨人のオーナーになった時期と見事に合致します。

氏はドラフト改革だけではなく、セパ交流戦、球団買収とさまざまな問題で物議を醸してきました。その反動から、巨人人気の凋落、視聴率の低迷、プロ野球の衰退いう結果を生み出したことも周知の通りです。

日本プロ野球は、故正力松太郎氏が創設し、巨人軍がその人気を牽引してきた功績は認めます。しかし、これだけ民主化が進んだ世の中にあって、巨人の相も変らぬ主人然とした態度には辟易します。

 

日本サッカー界は寸でのところで、そのプロ野球界の二の舞になるところだったと言えば、信じてもらえるでしょうか?

少々大袈裟かもしれませんが、その危険性は大いにあったのです。その窮地を救ったのが、まさに川淵三郎Cだったのです。

 

それは、Jリーグ発足前のことです。

クラブ名に企業の冠を付けるかどうかで、Jリーグ側と読売ベルディが対立しました。地域密着型を志向するJリーグ機構と、企業名を前面に押し出す読売ベルディ。

読売ベルディの親会社は、日本テレビ放送網。同局は、読売新聞グループの一員です。そうです、読売ベルディの主張は渡邉氏の意向に沿ったものだったのです。

 

この報に触れたとき、私は絶望的な思いになりました。

『これで、サッカー界もプロ野球界と同様、読売グループの玩具になる』と。

それはそうでしょう。何と言っても、渡邉氏は世界一の発行部数を誇る大読売新聞の会長。方や川渕氏は、当時はせいぜい上場企業の部長程度の貫目しかなかったのですから、到底抗することなど出来ないと思うのが当然です。

しかも、読売側はセパ交流戦や球団買収騒動時にも使った、例の『連盟を脱退して、新リーグを創る』と息巻いて、川淵Cを恫喝したのですから、尚更です。

 

ところが、私は心地良い裏切りに遭いました。なんと、川淵氏は最後まで恫喝に屈することなく、企業名を外すことに成功したのです。

肝心な点は、企業名を付けるか外すか、ということもさることながら、このとき読売グループの恫喝に屈しなかった、つまりどのような横槍にも応じないことを世間に知らしめ、日本サッカー界のクリーンなイメージを定着させたことなのです。

 

結局、日本テレビは東京ベルディの株を放出し、当クラブは衰退の一途を辿ります。

レジェンド・三浦カズ、カリスマ・ラモス瑠偉、闘将・柱谷、突貫小僧・北澤、そして夜のハットトリッカー・武田・・・・彼らを擁して一時代を築いた栄光あるベルディは、今やJ2に低迷しています。

 

その後の川淵Cの業績には、賛否両論があるのは承知していますが、たとえ多少の失点があったとしても、あのときJリーグを読売グループから救った功績に免じて、氏に『あっぱれ』と言いたいと思います。

 

 

個人的には、二人ともあまり好きなタイプではありませんが、個人の感情とは別にして、彼らを賞賛したいと思います。

 

マスコミ

日本最喝列伝

今回は、日本のマスコミについて私見を述べたいと思います。

題して『日本最喝列伝』です。

『喝』、TBS・サンデーモーニングのスポーツコーナーで張本氏が喚く言葉ですが、私はマスコミに『喝』をします。

 

なぜ、マスコミが『喝』なのかと言いますと、マスコミは第四の権力だという自覚が無く、その使命を果たしていないからです。

 

さて、マスコミを取り上げるからには、いい加減なことは書けません。私見とはいえ、本腰を入れて批判するつもりですので、当然今回だけでは収まりません。今後、数回に渡って批判を展開して行くつもりです。

 

まず、大前提として、現在の状況を見れば、日本はあらゆる分野で制度破綻を起こしているのは周知のとおりです。

三権・・・・立法府である国会(政治)、行政(官僚)、司法はむろんのこと、経済界、芸能界、スポーツ界とほとんどの世界で腐敗と幼稚化が進み、このままでは日本の地盤沈下は止め処が無いでしょう。

 

一言で言えば、戦後復興システムの金属疲労であり、それを修復できない無能で無責任な政治家を持った国民の悲劇と言えるでしょう。さらに言えば、明治以来の中央集権システムが終焉しているにも拘らず、それに目を伏せてきた、あるいは自己保身に奔走し、政治家を誑かしてきた高級官僚の謀略の結果でしょう。

 

それに拍車を掛けて来たのがマスコミです。この場合のマスコミというのは、大新聞、テレビ局を指します。

 

本来権力の番人であるはずのマスコミの体たらくは、犯罪であるとさえ言えます。

何が犯罪なのか?

政治家をあるいは官僚を批判せず、彼らの言い分をそのまま垂れ流していることです。

これはもう絶望的な状態にまで腐敗しています。

 

また、真実を報道しない。いや百歩譲って真実まで追求しなくても良いとしましょう。だが、事実はすべからく報道しなくてはならないのに、それをしない。むろん、取捨選択はあって然るべきですし、より社会的に影響力のある事柄を優先するのも当然です。

 

しかし、今のマスコミの報道基準は自社の利益に資するかどうかという一点で判断しているような気がしてならないのです。己の不利益になることは一切口を噤む。たとえば、自社社員の犯罪は一切報道しない。自社どころか、同業他社の不祥事もなかなか報道しない。つまり、明日は我が身ということで、談合しているのです。

 

いかに民間企業であり、利益を追求するのが本分とはいえ、マスコミはただの民間企業ではありません。国民に事実を知らせる使命というものがあるはずです。彼らは、その意識がほとんど無いといっても過言ではないでしょう。

 

また、強い者には屈し、弱い者は必要以上に批判する。

些末な例ですが、少し前にある人気アイドルグループの一員の家族が不祥事を起こしました。軽犯罪で警察に逮捕されたのです。ですが、このニュースは一切報道されませんでした。本人が罪を犯したわけではないので、報道しないならそれでも良いでしょう。

ところが、同じような事件で、他の芸能人の家族の場合は報道されています。

となると、基準はいったいどこにあるのか?という疑問が浮かびます。タレント自身に人気があり、所属事務所あるいは関係者が、マスコミに影響力があれば看過するのではないか、という穿った見方をせざるを得ません。

 

島田紳助氏の問題もそうです。本当にマスコミは、彼と暴力団の関係を知らなかったのでしょうか?

知っていて、テレビ局は自社の番組に穴が空くのを恐れ、あるいは所属事務所の力を恐れ、暴力団を恐れ、目を瞑っていた。これが真実なのではないでしょうか。

 

いや、そういう理由で看過していたのなら、それは『可』としても良いでしょう。私だって、暴力団は怖い。サラリーマンですから、暴力団の恫喝に安い給料は見合いません。

しかし、そうであれば、是非『当社は、強い事務所には屈します。暴力に屈します』という看板を掲げて放送したり、新聞を発行したりしていただきたい。

 

私が嫌悪を抱くのは、実際はそうでありながら、まさに正義面をして、報道していることです。厚顔無恥とはこのことです。

 

彼らはまた、圧力団体を恐れ、事実を報道しないこともありますし、強力なスポンサーの不祥事も看過したり、極々短めな報道に終始したりしたこともあります。

 

いったいどこの国の報道機関かと疑うほど、他国の目を気にし、あまつさえ彼らの意思の

代弁までもする。

 

最も重要な使命であるはずの政治権力に対しては、批判どころか迎合する始末。

 

このように、この問題は根が深く、今回は取っ掛かりとしての表層的な批判に抑えました。次回以降はもっと深く掘り下げて行くつもりです。

 

 

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