日本最疫病神列伝

前回の『お金』絡みの話から、ふと昔の悔しい思い出が脳裏を過ぎりました。

 

題して、『日本最疫病神列伝』です。

 

疫病神などと、罵る言葉を使いましたが、些細な出来事です。私の狭量を表わすような恥ずかしい昔話です。

 

以前、私の祖母と祖母の祖母、つまり私にとっての高祖母の二人は霊感が有ったと書きましたが、今のところ私にはそのような兆候は見られません。霊を見たことも、霊の存在を感じた事もありません。

 

ただ一度だけ、それらしき事があったのは、私が会社勤めをしているときでした。

その頃は、週末になると馬券を買うのが楽しみの一つだったのですが、ある土曜日の夜、競馬のレースを夢に見たのです。そして、1着と2着の馬名まではっきりと目に焼き付けたまま目を覚ましたのです。

当時は、まだ3連単などない時代で、連勝複式を専ら購入していました。

 

さて、私はさっそくその馬名をメモに記し、駅の売店でスポーツ新聞を買い、会社に行きました。勤めていた会社は、場外馬券売り場へ向かう途中にあったので、いつも机の上に新聞を広げて予想をしていたのです。

 

気が逸る私は、電車の中で1レースから順に出走馬を確認しましたが、全レースを見終えても、夢に見た馬名はありませんでした。

ガセ夢か・・・・当てが外れた私は落胆を隠しきれないまま、会社に着きました。そしてあらためて、予想を始めたのですが、そこでふとあることを思い出しました。

そうです。メインの数レースに限り、関東のレースが購入出来たのです。そこで、関東のレースを見てみると、『京王杯スプリング・・・・』というレースの出走馬の中に、2頭の名があったのです。

 

 

『これだ!このレースに違いない』

私は歓喜しました。予想オッズを確認すると、約70倍でした。当時の連勝複式としてはかなりの高配当、つまり大穴でした。1頭の方は3番人気の予想でしたが、もう1頭の方は全くの無印だったのです。

心に疑いが生じました。私は1万円を賭けるつもりだったのですが、夢はあくまでも夢ですから、迷いが生じたのです。しかしこれまでに、このようなことは一度も無かったわけですから、最後は一点勝負と、腹を決めました。

たかが1万円で何を大袈裟な、と思われるかもしれませんが、サラリーマンの毎月の小遣いから、1レースに1万円を張るのは、結構勇気のいる事なのですよ。

 

さて、お昼になりいよいよ場外馬券へ向かおうとしたときでした。そこに後輩のBが顔を出したのです。Bも競馬好きで、よく馬券を買うということでした。このときも、馬券を買いに行く途中に寄ったとの事でした。

 

当然、話題は競馬になり、私はつい購入馬券をBに話したのです。これがいけなかった。

Bは、それはもう何か蔑むような目つきで、

『そんなの来るわけないじゃないですか』

と、馬鹿にしたような口調で言ったのです。

私は、まさか夢に見たなどと、間違いなくBの失笑を買うようなことは言えず、

『やはり、そうだろうな・・・・』

と弱気が再燃したのです。

その後も、Bはけんもほろろに、私の作り話の予想を切り捨てるのです。それでも、私一人であれば、最初の決断通り、1万円の1点勝負に出たことでしょうが、彼と一緒では、また蔑まされるような気がして、結局その3番人気の馬から本命と穴の2点買いに変更してしまいました。

 

結果は、私の夢の通りの着順になり、配当金は約6,000円(100円に付き)、つまり5,000円購入していたので、30万円の払い戻しとなったのです。

私は後悔に苛まれました。初心の通りにすれば良かった、と。

また、Bを恨む気持ちも湧きました。彼と出くわさなければ、もう30万円手に入ったのです。それでも、Bから詫びの一言でもあれば、気持ちは治まったでしょうが、彼は少しも悪びれる事も無く、

『来ちゃいましたね』

と、笑って言ったのです。さすがに頭に来て、殴ってやろうかと思いましたが、会社の後輩ですから、その後の仕事がやり難くなると思い、我慢しました。

もっとも、これだけであれば、彼を疫病神などと呼ばないのですが、まだ続きの話があるのです。

 

その次の週でした。

その週の日曜日は、朝から所用があったので、馬券を買うつもりは無かったのですが、土曜日に買ったスポーツ新聞の競馬欄を見た途端、閃きが奔ったのです。

それは、関西のメインレースの出走表に目が行ったときでした。

『これだ!』

と、勝ち馬と2着馬を直感したのです。予想オッズは約30倍でした。

私はBに電話をし、日曜日に場外馬券を買いに行くか訊ねると、Bは行くと答えました。そこで今度は何の躊躇無く、その約30倍の馬券を購入してくれるように依頼すると、いつものように会社に立ち寄るので、机の上に金を置いておくように、と言われました。

私は、翌朝早く起きて、会社へ行き、彼の机の上に『3万円』を置きました。先週、30万円を手にしたので、強気になっていたのです。

ちなみに、場外馬券売り場は開場が9時頃だったので、時間がありませんでした。

 

私は所用のため、テレビを見る事もラジオを聴くことも出来ませんでしたが、深夜帰宅するとき、駅の売店で翌朝のスポーツ新聞の早刷り版を購入して、結果を確認すると、なんと見事に当たっていたのです。

配当金は約3,000円。3万円の購入ですから、払い戻しは、約90万円となりました。

興奮を抑え切れない私は、電車の中でもニヤニヤしていたようで、周囲からは気味悪がられました。

むろん、妻には何も話していません。折角のへそくりですからね。妻には、小遣いを貯めたと嘘を吐いて、何かプレゼントをしようと思っていました。もちろん、Bにもお礼を考えていました。

 

しかし、月曜日の朝、喜び勇んで会社の扉を開けた私に、目を疑う光景が飛び込んで来ました。私がBの机の上に置いた3万円が、そのままになっていたのです。

『まさか?』

と疑念が過ぎりましたが、Bはきっぱりと行くと言ったのです。予想馬券と購入金額は、伝えていましたから、彼は会社に寄らず、直接場外売り場に行ったのだと思い直しました。

ところが、始業時間になっても、Bはいっこうに姿を現しません。

 

私の心は、次第に不安に包まれて行き、やがて失望に変わって行きました。

そして、始業時間から30分後、彼から連絡があり、

『ぎっくり腰になったので、会社を休みたい』

との申し出があったのです。むろん、馬券も購入していませんでした。

 

失望は怒りに変わりました。彼のせいで、2週間で約120万円を撮り損ねたのです。いや、怒りに任せ、

『もし、先週Bが余計なことを言わなければ、60万円が手に入り、そうであれば今週は3万円ではなく、少なくとも5万円は購入していたはずだ。そうであれば、撮り損ねたし金額は180万円だ』

などど、私の被害者意識は、止め処の無いものとなって行きました。

 

結局、Bは会社を一週間休みました。一応、医師の診断書を提出しましたから、ぎっくり腰は嘘ではなかったでしょうが、私に会わせる顔がなかったというのも事実でしょう。

 

ただ、間が開いたお陰で、私の怒りも徐々に収まって行き、代わって自己嫌悪を抱くようになりました。

そもそも、嫌味を言われたぐらいで、自説を曲げた自分が悪いのです。

妻に馬券を取ったことを内緒にした天罰も受けたのでしょう。結婚前、妻とは何度も場外馬券売り場に行っていましたので、彼女に頼めば間違いがなかったのです。

いわば、2週連続の不運は自業自得のようなものでした。

 

一週間後、出社したBに、私は何事もなかったように振舞い、彼もまた一言の詫びも口にしませんでした。私は、それで構わなかったのですが、それ以降Bと競馬の話は一度もしませんでした。

 

この年になりますと、誰の人生にも、幸運の女神が一度は微笑むような気がします。競馬、ロト6、TOTO,ナンバーズ、宝くじ・・・・そのチャンスをものにするか逃すかは、信じ通す気持ちと、心持ち一つのような気がします。

 

私は、悪魔の囁きに心折れ、正夢だと信じ切ることが出来なかった。また、そのレースに1万円を賭けましたが、へそくり全部、10万円を賭ける度胸があれば、少々オッズは下がっても、600万円弱を手にし、妻に相談して貯金を下ろせば、100万円だって賭ける事が出来たでしょう。

払い戻しは数千万円です。私の妻は、そういう太っ腹なところがありますので、きっと私の好きなようにさせてくれたはずなのです。

それを、こっそりへそくりを増やそうなどという姑息な考えを起こしたから、しっぺ返しを食らったのでしょう。30万円も儲けたというのに、まるで螻蛄になったかのような落胆を味わう破目になったのです。

 

ちなみに、それ以降勝ち馬の夢を見る事はありません。今後も無いでしょう。

 

 

 

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