日本サッカーの未来・その5

2014ブラジルW杯・アジア最終予選の6月3連戦。
2勝1分の勝ち点7、は上出来であり予想通りでした。ザッケローニ監督や選手はともかく、サポーターの中には、勝ち点9が取れなくて残念がる向きもありますが、それは欲張りと言うものです。
確かにオーストラリア戦は勝てる試合でしたが、W杯の最終予選とはこういうものでしょう。まあ、あの主審のレフェリングは如何なものかとは思いますが・・・・。

私が『脱アジア連盟』を主張する一つの理由として、同じ誤審でもオマーン戦の前田のゴールのようにオフサイドを見逃したものとは違い、オーストラリア戦の主審は明らかに意図のある誤審だったことを挙げることができます。

それは、ミリガンのイエロー2枚の退場が発端でした。
主審はファールを犯したのがミリガンだとは思わなかった、あるいはミリガンは2枚目のイエロー、つまり退場だということを失念していたため、不覚にもホームであるオーストラリアの方に退場者を出してしまった。

しかも、日本が先取点を奪ったため、このまま日本が勝てば、ホームのオーストラリアに顔向けができなくなる。そこで、日本に『勝たせない』ために、5分後無理やり内田のプレーをファールとしPKを与えたのです。
それでも、日本が優勢だったため、もし終盤で日本が劇的なゴールでも挙げれば、ミリガンの退場が再び浮き彫りになってしまうことを恐れた主審は、栗原の退場と本田のFK剥奪という暴挙に出たのです。

もちろん、私の想像、妄想ですが、あながち間違っていないと思いますよ。
これが、日本が2連勝後の第3戦だったので、怒りも収まりますが、もしW杯本戦を掛けた大一番で、『日本が勝てなければ予選敗退』という条件下の試合であったなら、『ドーハの悲劇』どころの騒ぎではありません。
さすがの日本でも暴動が起こるレベルの誤審(レフェアリング)でした。こういう悪意とも取れる暴挙が罷り通るアジアだからこそ、私は脱アジア連盟を唱えるのです。

さて、勝ち点7は予想通りでしたが、内容は私の予想を上回る、良い意味での誤算続きでした。
本物の力が付いた日本代表、しかもホームとはいえ、オマーンは最終予選の初戦ですし、ホームの応援が却ってプレッシャーとなる懸念もあり、またヨルダンとはこれまで2戦2分と、相性が悪いので、勝つには勝っても、ともに2-0というスコアを予想していました。

ところが、実際には3-0,6-0の圧勝でした。オマーン戦の3-0は2-0と、スコア的には大差がありませんが、内容は相手のシュートがわずか1本という完璧なものでした。ヨルダン戦は早い時間に退場者が出ましたが、それまでに2-0でしたから、退場者出なくても4-0ぐらいで勝っていたでしょう。

そしてオーストラリアですが、オーストラリアはホームですし、初戦を引き分けたため、どうしても勝ちたかったはずです。
その意気込みが開始から20分頃までに現れていました。おそらく先取点を取って、守りに入り、カウンター狙いだったのでしょう。しかし、そこを無失点で乗り切った日本が徐々に反撃に出て、20分過ぎから終了までは、ほぼ日本ペースでした。

本来、パスワークを身上とする日本にとって、ラグビーの試合が行われた後の凸凹のグランドは不利だったはずですが、それにも拘らず、高い技術で、高度なパスサッカーをしていました。思った以上に、日本代表は成長しているようです。

本田の発言でもあったように、この日本の技術の高さ、強さは対戦したオーストラリアが一番感じているでしょう。
昨年の1月のアジア杯決勝では、延長戦の末に日本が勝ちましたが、内容的には45-55でオーストラリアの方が優勢でした。
しかし、今回はオーストラリアに退場者が出るまでを評価すると、ほぼ互角でした。そこから推測するに、中立地であれば日本のやや優勢、日本ホームなら60-40ぐらいで日本の優勢と言えるでしょう。

来年の6月の再戦のとき、日本はすでに勝ち抜けているでしょうから、ガチンコ勝負にはならないかもしれませんが、おそらく日本がベストメンバーを組めば、余裕で勝つと思います。そう思わせるぐらい、日本の実力が証明された3連戦でした。

しかしながら、日本も万全という訳ではありません。
オーストラリアのハイボールの放り込み戦術には苦労させられました。元来、フィジカルで劣る日本に対して、良く用いられる戦術で、これまでアジアでは韓国が良く用いました。韓国よりフィジカルで勝るオーストラリアが、同じ戦術を取るのですから、その脅威はさらに増すというわけです。

2010W杯南ア大会では、その放り込みに対して、中澤と闘莉王が完璧に対応したので、ベスト16に進出することができたのですが、今回は189cmの吉田が欠場し、CBが栗原(184cm)、今野(178cm)の二人だったため、危うい場面が何度もあったのです。

ここで疑問に残るのが、アジア杯決勝では、ハイボール対策としてヘディングの強い岩政(187cm)を投入したほどなのに、なぜ今回もう一人身長の高い選手を入れなかったのだろうかということです。今野に対する信頼はそれとして、やはり放り込みサッカーに、今野は危う過ぎます。

そうでなくても、今の日本を世界レベルで評価すると、10段階評価で、

FW  5
OMF 9(本田、香川は世界トップレベル)
DMF 7
SB  9(長友は世界レベル、他に内田、両酒井と層は厚い)
CB  5
GK  7

と、私は見ています。
つまり、センターフォワードとセンターバックに人材がいないのです。この二つが7か8になれば、ブラジルW杯でベスト8以上が狙えるでしょう。
以前にも書きましたが、もし現ブラジル代表のフッキが帰化していたら、FWも9になり、懸案はCBだけとなったのですが、これは言っても仕方がありません。

南ア大会のように本田が1TOPに上がれば、FWは8にレベルアップしますが、代償として、いかに人材豊富とはいえ、OMFは8に落ちるでしょう。
どちらにしても、今後の懸念材料、急務は強力なCBの発掘、養成となります。若い吉田の急成長と、尚且つもう一人強力なCBの出現し、今野が控えに回る形が理想的です。

そこで、もう一つの疑問が、なぜ名古屋の闘莉王を召集しないかということです。彼は今年31歳、ブラジル本大会では33歳になりますが、運動量が要求されるMFやSBに比べれば、まだまだ十分できる年齢です。
闘莉王がCBに入れば、現状でも6にアップします。吉田の成長期待を加味すれば、7にもなるでしょう。
レギュラーではなく、オールトラリアや欧州の高さに任せたサッカー対応限定でも、代表に召集する価値はあると思うのですが、ザッケローニ監督は頑なに彼を招集しません。
ザッケローニ監督が闘莉王の性格を嫌っているとか、戦術に合わないとか、色々噂が飛んでいますが、私は闘莉王の実力は分かっているため、アジア予選は肉体的、精神的な休養の期間に充てているのだと思っています。
はたして、ザッケローニ監督の心中や如何に・・・・?



酒と涙と男と女


若くして亡くなった河島英五の代表曲です。


良い曲ですね。今はあまり歌わなくなりましたが、私にはとても思い入れのある曲で、以前は飲み屋へ行くと必ず歌っていました。


私は今でこそ、カラオケ大好きで、歌唱力もまあまあだと、勝手に自負していますが、実は社会人になりたての頃は、人前で歌を歌うことが、苦手と言うか苦痛以外の何者でもありませんでした。


音痴だったのです。今の私を知る人からすれば、とても信じられないことでしょう。

 


それが、どうにか人前で歌うことに馴れ、歌唱力もそれなりになるきっかけとなったのが、大阪・北新地のラウンジ『辰巳』のママとの出会いでした。

 


私が初めて辰巳を訪れたのは、入社早々、新人歓迎会の二次会だったと思います。上司に連れられてのことでした。私の他にも同伴者がいて、総勢5名だったと思います。


北新地と言っても、『辰巳』は小さなラウンジで、カウンターが5席と、ボックス席が3つだったと記憶しています。ママとホステス2人という小さなお店でした。

 


当然のごとく、カラオケが始まり、上司を含め他の者は次々と持ち歌?を披露したのですが、それまでカラオケに行ったことも、人前で歌を歌ったこともない私は、歌える歌が無く選曲に躊躇っていました。

 


しかし、皆が2曲目、3曲目と歌って行くうち、しだいに私への催促が強まって行きました。こうなると、どうしても歌わなければならない雰囲気となり、とうとう覚悟を決めた私は、この『酒と涙と男と女』を歌ったのです。


この歌は、ラジオなどで耳にしていて、好きな歌だったのですが、音痴でしたので、上手く歌えるはずがありません。

 


ママが私に話し掛けてきたのは、御開きになったときでした。私たちを見送るため、一緒に店の外へ出たママが、こう私に耳打ちしたのです。


『明日、19時に一人でお店にいらっしゃい』

 


私にはどういう意味か分かりませんでしたが、ママがもう一度、


『必ずいらっしゃいよ』


と、念を押したので、翌日言われた時刻にお店に出向いたのです。

 


お店のドアを開けると、ママはすでに掃除を終え、開店の準備は終わっていました。


そして、カラオケをセットすると、ママは、


『さあ、開店まで練習しなさい』


と言って、『酒と涙と男と女』を何度も何度も掛けてくれ、歌唱指導までしてくれたのです。

 


そういうことが、断続的に十回ぐらいあったと思います。


お陰さまで、どうにか『酒と涙と男と女』がそれなりに歌えるようになり、そうなると現金なもので、次の曲、次の曲というように、新たな曲に色気が出ました。曲をマスターすることに満足感も覚えるようになりました。


その後、私が急にマイクを持つことに積極的になり、且つ歌が上手くなったことに、同僚たちは目を丸くしていたのを思い出します。

 


それから、一年半後だったと思います。突然、辰巳のホステスから、ママが病気で入院したとの連絡がありました。


当然、見舞おうと入院先を訪ねましたが、ママの希望で教えられないとのことでした。


そして、さらに半年後、今度はママの訃報が届きました。彼女は癌だったのです。


あ、遅くなりましたが、ママは七十歳ぐらいのお婆さんでした。

 


ともかく、上司は常連だったようですが、初対面の私に開店までの一時間、無料でカラオケを開放してくれ、そのうえ喉が渇いただろうと、ビールも1本サービスしてくれたママは、いったいどのような了見だったのか。亡くなってしまった以上、知る術もありません。私は、ママの真意を聞くことも出来ないままになってしまいました。

 


しかも、気を使った私が、


『このまま残って客になる』


と申し出ても、ママは笑って拒否しました。安月給だと知っていたからでしょう。


稀に、そのまま店に残ることを了承しても、料金は頑として受け取りませんでした。

 


むろん、ママが入院するまでには、何度か店にも行きましたが、そのときも正規の料金は取っていなかったと思います。


私は、出世払いを心に決めていましたし、事実それから五年後の一時期、北新地の店を河岸とするようになりましたが、時すでに遅し、受けた恩を返すことは適いませんでした。

 


今では、北新地に足を踏み入れることも無くなりましたが、足繁く北新地に通っていた頃、辰巳があったビルの前に立つと、当時を思い出し、心の中で頭を垂れていました。

 

 


天才とキチ○イは紙一重

俗に、良くそう言われていますが、私の高校一年生のときの担任が、まさにそのような人でした。もっとも、『キチ○イ』というのは言い過ぎで、極端な『変わり者』と言ったところでしょうか。

 

藤原先生と言って、代々地元でも有名な由緒正しき古社の神官でもありました。専攻は漢文学で、その分野では日本でも五指に数えられるほどの高名な学者で、長らくNHKの『市民大学講座?』のような番組で漢文を担当されていました。

神官職を継ぐ必要がなければ、大学で教鞭をとっておられたことでしょう。

 

私が通った高校は、県下一の名門進学校ですが、特に国語はこの藤原先生がおられたこともあってか、古文、現代国語にも優秀な先生方が揃い、当時全国屈指の教諭陣と称賛されていました。その証拠?ではありませんが、あの毎年東大進学率・全国一位を誇る灘高校から試験問題の作成を依頼されているほどでした。

 

以前、三年生の二学期からは、ひたすら学校側が作成した予想問題集を解く授業を受けていたと言いましたが、特に古文と漢文は完璧で、私が進学した大学の受験問題は、問題文から設問まで、100%当たっていました。

 

さて、一年生のときの担任だったと言いましたが、実は私が学級委員長をしており、この藤原先生には苦労させられたものでした。

後でわかったことですが、担任の職務は不適格とされ、藤原先生は長らく担任の職についておられなかったということでした。

 

それが、よりによって私が学級委員長を務める年に限って、久々に復職されたのです。

なにが苦労だったかと言いますと、とにかく全く担任の仕事をされないのです。

朝礼、終礼、ホームルーム・・・・と、全て私に任されました。

まず、朝礼の前に私が職員室へ出向き(先生は個室でした)、連絡事項を伺って、クラスの皆に伝えるのです、終礼、ホームルームしかりです。

 

本人は何をされているのかと言うと、それが何時出向いても、飲酒でした。授業以外は飲酒されていたのだと思います。机の中には、ボトルが入っていて、常時アルコールの臭いが漂っていました。

おそらく、アルコール依存症だったのではないかと思います。

それでも、学校側が解雇しなかったのですから、藤原先生の学校に対する貢献は多大なものがあったのだと推察されます。

むろん、40年近くも昔のことであり、現在であれば、即時軽くて休職か停職、重くて免職になるでしょう。

 

しかし、苦労をさせられたのにも拘らず、私が先生を恨む?ことがなかったのは、先生の授業のもの凄さでした。酔っぱらっているとはいえ、一旦授業となれば、これはもう別格で、特に漢詩などは、中国語と日本語で朗々と読まれていました。目を瞑って声だけを聞いていると、いつの間にか、すっかりその時代、その風景に迷い込んだかのような錯覚を覚えるほどで、私が言うのもなんですが、先生の授業は非常に、

『値打ち』

がありました。

 

加えて、昼休みには先生の個室で、酒のつまみをいただきながら雑談をするなど、一人だけ親しくさせていただきました。(飲酒はしていません)

16歳の若さで、藤原先生のようなその分野の一流人と、親密な関係性を学習したことが、後々の師との接し方に参考になったと思っています。

 

マドンナ・その4

中学3年生の夏の、生徒会合同会議で他校の女生徒と知り合い、2年後の秋、その彼女から告白を受けた私は、無慈悲にも即断で断りました。

彼女の勇気ある告白が、脳裡の片隅に宿っていたある少女の笑顔を蘇らせたからです。

 

以前、私の祖父は大のアンチ巨人で、阪神ファンだと言いましたが、野球全般が大好きで、高校野球・甲子園大会などは、1日中テレビの前に陣取り、スコアブックを付けながら観戦していました。

スコアブックといっても、本格的なものではなく、得点経過と攻撃内容、所感を記載したものでしたが・・・・。

高校野球は甲子園大会だけでなく、地方予選から注目するほどで、私を連れて球場観戦もしていました。

 

その女の子を初めて見たのは、私がまだ5歳のときでした。

その日、祖父に連れられて、地方予選を観戦しに街へ出掛けました。バスに乗って行くのですが、その頃のバスは昇降口が中央の一ケ所だけで、運転手の横は座席がありました。当然、私はいつもその見晴らしの良い特等席を陣取っていました。

 

バスが二つ隣村の停留所で止まったときでした。

側道から、私と同じ年頃の子供たち4人が目の前を横切りました。3人の男の子に混じって女の子が一人だけいたのですが、彼女が一瞬、私の方を振り返り、にこっと笑ったのです。

 

その瞬間、私はそれこそキューピットに胸を矢で射られたように、魅入られてしまいました。可愛い女の子でした。私が通っていた幼稚園にはいない可愛いらしい女の子でした。

 

『フランス人形だ・・・・』

 

とても不思議なのですが、その後しばらくの間、私の脳に刻まれた女の子の残像は金髪だったのです。フラン人形など見たこともなかったと思いますが、なぜかその思いが強く残ったのでした。

私が、祖父から教えてもらった村の名も同時に刻み込んだのは言うまでもありません。

とはいえ、なにせ5歳児のことですから、半年もすればすっかり忘れていたと思います。

 

彼女の残像が、蘇ったのは小学校5年生の秋でした。小学校対抗のポートボール大会に、5年生ながら選抜されて大会に臨んでいたのですが、会場の中に、一際は輝きを放つ女生徒がいたのです。

私は彼女の顔を見たとき、6年前のあの女の子だと確信しました。6年の月日が流れており、顔立ちは変わっていましたが、確かに彼女だと確信しました。あの幼い女の子は、とても美しく成長していました。

私は、出来るだけ彼女の情報を集め、憧れていた大親友・Aと同じ小学校で、名前はMH、そして彼女も5年生だということを知りました。

 

『1年半後には、彼女と同じ中学校に通うことになる』

そのときから、私の胸は夢と希望に満ち溢れていったのです。

 

満を持して入学した私でしたが、思わぬ事件が障害となりました。例の、入学早々の授業中の暴行事件です。この行為は、男子生徒の間では、何というか畏敬の念を持って一目置かれることになったのですが、女子生徒の間では、『怖い』という印象を植え付けてしまっていたのでした。

彼女も例外でなく、たとえば廊下ですれ違うときなど、目を合わさぬようにするのです。

その上、

『彼女は誰々が好きらしい・・・・』

という噂話も耳にした私は、絶望にうちのめされました。

初恋の終りでした。

私には子供がいませんので、今の中学生はどうか知りませんが、40年も昔の田舎の中学生など、自分で言うのもなんですが、そのように初心なものでした。

 

それが、思わぬ告白を受けて、フラッシュバックのようにMHの顔が過ぎり、彼女への想いが込み上げてきたのです。

『このままでは、後悔する。駄目で元々、MHに告白しよう』

 

青春ですね。

私にも、あのような迸る情熱があったのだと思うと、なつかしいやら気恥ずかしいやら・・・・。

ともかく、熱い想いを押さえ切れない私は、すぐさま自転車通学の友人に頼み込み、自転車を借りてHMが通う高校を目指したのです。

彼女の高校も文化祭を開催していることを知っていましたので、勢いに任せて告白してしまおうと思ったのでした。

彼女が通う高校は、5キロほど南に下ったところにあり、私の高校に比べると歴史は浅いものの、近年、学力その他で迫って来ている高校でした。いわば、ライバル校で、毎年全スポーツ部の対抗戦も行われていました。

 

まるで、熱に犯されたように夢中で彼女の高校に向かった私でしたが、ちょうど中間点となる湖に掛かった大橋のたもとで、まだクラスの仕事が残っていることに気付きました。

私は無断で外に出たのです。もし、戻るのが遅くなれば、クラスメートに迷惑が掛かるばかりか、心配を掛けることにもなります。場合によっては、騒動にだってなりかねません。

何より、いかに文化祭とはいえ、無断で校内を出ることは校則違反でした。晩秋の冷たい潮風に当たり冷静になった私は、そこで引き返すこととし、告白は後日にしようと決めたのでした。

 

 

 

超大物極道とオーデマ・ピゲ

『超大物極道とオーデマ・ピゲ』

 

私は師の形見分けとして、世界三大高級時計メーカーの一つに数えられている、オーデマ・ピゲの時計を頂戴しました。正確には、お亡くなりになる数年前に頂戴していますので、結果的に形見分けとなったのです。

 

師が、このオーデマ・ピゲの時計を購入された経緯が経緯ですので、今回はその話をしたいと思います。

 

それは、私が師と出会う10年も前のことです。

師は30歳過ぎに、総本山での荒行を終え、下山されて大阪の堺市近辺に自坊を持たれました。

それから数年後のことです。

ある日、初老の女性が師の寺院を訪ねて来ました。

用件は、

『刑務所に服役中の夫に面会し、魂を救って欲しい』

というものでした。

服役中の夫と言うのは、広域暴力団傘下の元組長でした。抗争に明け暮れ、その生涯の半分以上を刑務所で過ごした男でしたが、癌に犯され、余命半年と宣告されていたのでした。

 

常々、畳の上では死ねないと覚悟していた男でしたが、現実に余命を宣告されると、さすがの筋金入りの武闘派として名を馳せた彼も、急に気弱になったそうです。面会のときに、初めて憔悴し切った夫を見て、女性は何とか仮出所して自宅に戻れないかと、方々に当たって見ましたが、むろん無理な望みでした。

 

落胆していた女性の耳に、師の噂が入ったのは、それからしばらくの事でした。女性は、仮出所が無理であれば、せめて師の言葉で、心の安寧を図って欲しいとの願いを秘めて、師を訪ねたのです。

 

師は、一も二もなく快諾されました。そして、女性の希望通り、男と面会をされたのですが、それから2ヵ月後、女性に思わぬ吉報がもたらされます。

何と、夫の仮出所が認めるという連絡が届いたのです。

言わずもがな、師の尽力によるものでした。男と女性の感謝はこの上ないものだったでしょう。しかも、半年後、男は自宅で息を引き取ったのですが、読経も師が務められたということでした。

 

さて、さらにそれから1年後、今度は師に、思わぬ人物から電話がありました。一般市民ですらその名を知っている、広域暴力団の大親分です。

実は、師が面倒を看た男はその大親分の舎弟だったことがあったのです。

師の恩情に甚く感激した大親分は、お礼として師に1,000円を差し出しましたが、

師は、

『此度のことは、仏縁によるもの』

と、金を受け取ろうとはなさいませんでした。

しかし、大親分も極道の中の極道ですから、

『男が一度出したものは仕舞えん』

と、引き下がりません。

それからしばらく、

『受け取れ』、『受け取れない』

という押し問答が続き、とうとう師は半分の500万円を受け取ることにされたのです。

以来、二人はたまに酒を飲み交わす中になったということでした。

 

さて、受け取った500万円ですが、名前は書いてないとはいうものの、筋の良い金ではありませんから、師は宗務の経費や生活費には使えないと考えられ、半分を京都祇園のクラブや先斗町の御茶屋などで散在し、残りの半分で時計を買い求められたのです。それが、私が頂いたオーデマ・ピゲの時計というわけです。

 

最後に、師がどのようにして男の仮出所を認めさせたのか?

師は最後まで教えて下さいませんでしたので、その後に私が知った師の人脈の中から想像するしかありませんが、おそらく『川島廣守氏』のお力を頼られたのではないかと思われます。

川島氏は、後年プロ野球セリーグの会長や同コミッショナーを歴任されましたが、師とも昵懇の仲だったらしく、セリーグの会長の要請があったとき、受けるかどうか師に相談されたほどでした。結果、師の助言に従い、川島氏は要請を受諾されました。

 

その川島氏ですが、元は警察庁の公安部長や警備局長、内閣官房副長官の要職を務められました。中曽根内閣の内閣官房長官で、『カミソリ後藤田』の異名を取った、後藤田正晴氏の後輩でもありました。

 

東大安田講堂事件や、連合赤軍によるあさま間山荘事件などでは、戦国武将・佐々成政の末裔で、現場指揮を執った佐々淳行氏が、テレビ出演もあり有名ですが、実はこの川島氏こそ、それまで聖域だった大学構内に、機動隊の突入を決断した人物でした。

 

それはともかく、警察庁最高幹部と超大物極道。

社会的に敵対する二人と、同時期に交誼を結ばれていた師は、誠に不思議なお方で、私は退屈するということがありませんでした。

 

 

日本サッカーの未来・その4

一昨日のW杯アジア最終予選の初戦、日本はオマーンに3-0の完勝でした。日本が最終予選の初戦で、これほど危なげなく勝ったことは初めてのことです。いや、初戦だけでなく予選全試合を通じても、初めてではないかと思います。

ただ私は、この試合を見て、あらためてずっと抱いていた懸念を再確認したようで複雑でした。

 

結果論でもなく後出しジャンケンでもなく、私は2年前、ある人気サッカーブログに、

『近い将来、日本はアジア1強になる。突出して強くなる。そのとき日本は、どのような代表強化策を講じるのだろうか』

と、コメントをしました。

 

前置きしておきますが、この場合の代表強化策というのは、あくまでも、

『日本がW杯で優勝するため』

のものです。

 

昨年の1月、日本はアジアの頂点に立ちました。そして、一昨日の試合を見る限りその地位は揺るぎないものと証明されました。

欧州強豪クラブに所属する選手の数、質において日本はアジアでは突出しており、先発メンバーの所属クラブだけを見ると、一瞬、欧州の何処の強豪国かと錯覚するほどです。

そしてそれは、来年の今頃のコンフェデレーション杯の頃には、さらにその色彩を濃くしていることでしょう。

 

しかし、いくら山の頂点に立っても、アジアの低い頂では、世界の頂点を見上げるだけです。アジアという山が、欧州や南米に匹敵する山になってこそ、その頂に立ったとき、世界の頂と目線が合うというものです。

 

アジアの頂を高くするにはどうしたらよいのでしょうか?

言うまでもなく、日本を含め、アジア各国がレベルアップすることです。

では、各国がレベルアップするにはどうしたらよいのでしょうか?

 

サッカーに限らず、

『代表の強化の基本は、自国リーグの発展、レベルアップ』

というのが常道でしょう。

 

なるほど、サッカーにおいてオランダは、自国リーグはイングランド、ドイツ、スペイン、イタリア等に劣りますが、代表はW杯南ア大会で決勝に進出したように、世界屈指の強豪ですから、上記に反するのではないかと思われるでしょう。

さりながら、オランダが所属する欧州とアジアを同一に語ることは出来ません。

欧州において、経済的により小さなオランダは、イングランドやスペインと張り合うのではなく、それらのリーグへ選手を供給する育成リーグに徹しているのです。

それは、欧州各国においては、一様にサッカーの歴史が古いため、時間を掛けながら、今の状況が作り上げられたということです。

 

しかし、アジアは違います。

各国とも自国リーグの歴史は浅く、Jリーグは発足からまだ20年しか経っていません。まだ黎明期にあるアジアにおいて、欧州や南米のレベルに近づくには、まずは各国が自国リーグの整備、発展に尽力し、レベルアップを図らなければなりません。

 

ところが各国の状況はどうでしょうか?

将来、欧州のトップレベルのリーグに近づく可能性のあるリーグがどのくらいあるでしょうか?

50年後であれば話が違いますが、こと25年以内に限れば、残念ながらJリーグ以外には一つもありません。

 

韓国:Jリーグより10年も早い1983年にKリーグを発足していながら、プロのクラブは1部16チームしかないという体たらくです。ACL進出チーム枠の割り当て数の関係で、昇降制を採用しなければならなくなったKリーグは、プロの2部リーグの創設に迫られることになったのですが、なんと1部16チームのうち、4チームを2部に降格させ、他にわずか2チームを加えた6チームで運営しようとしているのです。

しかも、八百長が発覚し、逮捕者まで出て観客動員は激減、有望な若手選手のJリーグ流出に歯止めが掛かりません。

このようなリーグに、どのような未来への展望を見出せというのでしょうか?

 

豪州:元々、ラグビーやクリケットが盛んな国で、サッカーはマイナースポーツ。しかも、たしかAリーグは10とか12チームしかないリーグにも拘らず、分裂騒動まで起きています。

 

インド:中国とならぶ人口大国で、経済発展が見込める有望国ですが、この国には『カースト』という厳格な身分制度があります。ある程度まで発展した段階で足枷になるでしょう。

 

中東:オイルマネーに任せた現在の強化方法には限界があります。潤沢なオイルマネーを適切に費やしているとは思えません。

石油埋蔵量には限界があるうえに、エジプトやリビアで起こった民主化運動が巻き起こる可能性も高く、動乱になる可能性があります。

 

インドネシア:人口は2.4億人で、経済発展も著しく、GDPは日本の1/10にまでになっています。サッカー熱が非常に高いので、日本が協力すればある程度レベルの高いリーグになる可能性はありますが、いかんせん時間が掛かります。

 

中国:さて、問題はこの国です。Cリーグは、アジアの中では唯一Jリーグに匹敵するリーグになる可能性を秘めています。

14億人の人口、驚異的な経済発展、昨今の一流選手の流入をみれば、申し分が無いようにみえますが、しかし前回の『中国脅威論』でも指摘したように、中国には潜在的に大きな不安要素が付き纏っています。

日本のメディアでは詳しく報道されていませんが、貧富の格差、土地の強制収用、地方役人の腐敗、公害汚染等々により、国民の暴動が年に十数万件もあるという話も伝わっています。

超バブル経済は、日本の比ではなく、いかに共産党独裁国家とはいえ、ソフトランディングは日に日に難しい状況になっています。

 

ただ私は、むしろ共産党一党独裁が終焉し、アメリカや日本とまでは言いませんが、せめてロシア並みに民主化が進んだとき、経済に限らずあらゆる分野で驚異的な発展を遂げると思っています。

そうなったとき、中国CリーグはJリーグを超え、現在のイングランド・プレミアリーグに匹敵するリーグになる可能性があると言えるでしょう。

しかしながら、いったい何時になるでしょうか?

日本はその日まで待つ事になるのでしょうか?

 

このように、25年ぐらいのスパンで考えると、アジアの未来は暗いと言わざるを得ません。

欧州レベルに近づくためには、少なくとも日本、韓国、中国、そして他にもう一ヶ国が、プレミア、リーガ・エスパニョーラ、ブンデス、セリエAのレベルに近いリーグに発展、進化しなければなりませんが、Jリーグ以外は、その可能性は極めて低いと断言せざるを得ません。

これでは、アジアの頂点に立った日本のさらなる強化は儘なりません。日本一国では、レベルアップには限界があるのです。

 

そこで私は、これもまた2年前から、

『日本はアジア連盟を脱退して、南米連盟に加盟させてもらうべし』

と、提案しています。

何を荒唐無稽な、と思われるかもしれませんが、

トルコが地理的にはアジアにも拘らず、地中海を挟んでいると言う事で、欧州連盟に加盟し、カザフスタンがアジア連盟から欧州連盟に鞍替えしました。

それでも、この2国はまだ理解できなくもないですが、オーストラリアがアジア連盟に加盟したのはいかがなものでしょうか。

これが認められるのであれば、太平洋を跨いだ隣国ということで、日本が南米連盟に加わってもおかしくは無いでしょう。

 

幸い、南米各国は親日国が多いので、日本が本気になれば、加盟は可能だと考えます。

最初は、W杯に出られないこともあるでしょうが、レベルの高い連盟で鍛えられれば、ブラジルやアルゼンチンと肩を並べる日が来ると思います。それはすなわち、W杯で優勝を狙えると言う事です。
それに、ブラジルやアルゼンチンと真剣勝負が定期的に観られるのです。ワクワクしませんか?

 

しかしながら、前提条件が一つ。

それは移動時間です。日本は覚悟の上でも、長時間の移動は南米側が嫌うでしょうから、航空技術の発達が必須条件となります。

50名乗りの高速ジェット機が開発され、日本―南米大陸間が5時間ぐらいで移動できるようになれば、出来ない相談でなくなると思います。

私は、早ければ10年以内、遅くても15年以内には出現すると思っています。

 

むろん、今のところ日本サッカー協会にそのような意思はありませんが、今後10年間アジア各国のサッカー事情の推移をつぶさに観察し、見込みが薄いと判断したときには、真剣に検討する価値があると思っています。

あくまでも、本気でW杯で優勝したいのであれば・・・・です。

 

もう一度、断言します。このままではアジアのサッカーに未来はありません。(欧州レベルに到達はしません)

 

追記:香川のマンチェスターUへの移籍が、クラブの公式HPで発表されました。

またぞろ、く○マスコミがアジア最終予選にも拘らず、この話題で代表選手のコメントを求めたりしています。

あほか!

誘拐事件などのとき、報道管制を敷いたりするように、各社オーストラリア戦が終了するまで、取材しない協定を組めよ、と言いたくなります。

もし、これでヨルダン戦とオーストラリア戦の結果が思わしくなければ、批判は香川に向くことにだってなり兼ねなません。

日本のく○マスコミは、自分のことを棚に上げて、そういうことを平気でする輩です。

 

それにしても、マンチェスターUも神経質な期間だということは十分知っているはずで、それでもフライング気味に発表したということは、余程香川が欲しかったのでしょうね。

 

 

 

 

日本再生論・その3

『日本再生論・その3』

 

大飯原発3、4号機の再稼動が決定しました。

マスコミ、テレビ番組では大騒ぎをしていますが、私に言わせれば、何をいまさらという感じですね。

こんなのは規定路線であり、端から決まっていたことで、大飯原発だけでなく、今後もう一度福島原発のような大事故でもない限り、既存の原発の大半は再稼動することになるでしょう。

 

テレビ番組では、最後の最後に渋々容認に転じた、橋下大阪市長や関西広域連合の首長らを批判するコメントが多いようですが、本当に的外れの批判です。批判されるべきは、政府、官僚であって間違っても彼らではありません。

あくまでも、再稼動の権限は政府にあるのであって、立地地元の合意さえあれば、再稼動は可能なのです。関西広域連合は、この立地地元を拡大解釈して、周辺地元としての反対姿勢を世論に訴えてきたに過ぎないのですから、政府が再稼動を決定した限りは、なす術はありません。

 

それでも最後まで反対し続けろ、なんて言うのは火の届かない安全なところで騒いでいる無責任な野次馬に過ぎません。

関西広域連合は、政府と官僚の横暴を浮き彫りにしただけでも、彼らの役目を果たしたと言えるでしょう。

 

さて、大飯原発再稼動について、政府や関西電力は再稼動の理由を色々述べています。

電力需給の逼迫と代替エネルギーの高コスト化による電気料金の値上げ、計画停電による中小企業の業績悪化と産業の空洞化・・・・。

正確なデータを公開せず、自分たちに都合の良い解釈ばかりをして、ずいぶん面の厚いことだと辟易しますが、しかしながら、あながち間違いでもありません。

正論の部分が多いと思います。

 

しかし、これらの理由ならば、なぜまず、

今後30年間の長期展望に立ち、原子力政策を維持するのか、代替エネルギーに転換するのかを決定しないのでしょうか。

この議論は全く置き去りにされています。つまりは、原子力政策は無条件に現状維持なのです。

 

なぜか?

理由は簡単です。経済産業省=官僚の天下りの確保のためです。

これが最大の理由です。

全国の電力各社、原子力安全委員会、原子力保安員・・・・いわゆる『原子力村』と呼ばれる一種の聖域には、年間数千億円という予算が付けられています。天下りポストはいったいどれくらいあるのか見当も付きません。

数十なのか、数百なのか・・・・正確な実態はわかりませんが、もし原発廃止となれば、これら天下りポストは全て無くなる訳ですから、自分たちの米櫃を失う事になるわけです。

 

代替エネルギー政策に転換しても、また一から今の原子力村のような天下りシステムを作り上げなければなりませんし、世論の批判があれば、作れなくなる可能性だってあるわけですから、経済産業省がそのような選択をするはずがないのです。

 

そんな馬鹿な、いくらなんでもそのような理由で・・・・。と思われるでしょうが、私はこれが真実だと断言します。

 

原子力政策に限らず、現在の全ての政策は、

官僚の規制という権力が確保されるか、されないか、

且つ天下りが確保されるか、されないか、

によって、実行されるか、されないか決しているのです。

 

そういう目で見て下さい。

原子力の他、地方分権、TPP、公務員改革、幼保合併、整備新幹線、ダム事業、高速道路事業・・・・・全て納得がいくでしょう。

過去に遡っても、郵政民営化、道路公団民営化も骨抜きになっているのは、それが理由です。

 

第一、本来であれば、東京電力は日本航空のように破綻処理されるべきで、政府も一旦はその意向でしたが、経済産業省の強烈な反対にあって、翻意せざるを得ませんでした。

では、東京電力とどう違うのか?天下りのポストの数が圧倒的に違うのです。

 

今や官僚は、国民に眼を向けてなどいません。

1に省益(規制特権)

2に私利私欲(天下り)

3,4がなくて、

5にアメリカ

さらに言えば、

6に中国

7に韓国

8,9がなくて

10にようやく日本国民

です。残念ながら、これが実情です。

 

なぜこうなったかと言いますと、明治以来の『中央集権体制』が今日まで続いたからです。

たしかに明治維新と終戦直後は、この中央集権体制は非常に効率的でした。だからこそ、開国して僅か数十年で、欧米列強に追い付いたのであり、戦後数十年で世界に冠たる経済大国になったのです。

しかし、この成功体験から抜け切れない、また戦後復興の目的を達成し、目的を失った官僚たちは、しだいに組織防衛にのみ汲々となり、天下国家より省益を優先する輩に成り下がってしまったのです。

 

そういう意味では、石原都知事や橋下市長の言うように、中央集権から地方分権への移行は正論なのですが、しかし私は、セーフティネット無き地方分権には反対です。

なぜなら、無策なままの官僚叩きは国力を下げるからです。

官僚たちはこのことを十分承知していて、世間の批判も何処吹く風と受け流しているのです。政治家は、絶対に自分たちの領域を侵すことはないと高を括っているのです。

 

日本の官僚組織は行政機関でありながら、日本最大のシンクタンクでもあります。そして、残念ながら、今の日本には官僚組織に替わるこれといったシンクタンクがありません。民間には銀行や証券会社系列のシンクタンク(○○総合研究所なるもの)がありますが、こんなものは何の足しにもなりません。官僚組織の1/100の力も無いでしょう。

 

霞ヶ関こそが、日本最大の政策決定機関であり、唯一のシンクタンクなのです。

 

民主党が、『官僚主導から政治主導へ』という看板を掲げて選挙し、政権を取りましたが、いざ政権運営する段になると、官僚たちの露骨なサボタージュに遭って、にっちもさっちも行かなくなり、結局官僚に丸め込まれてしまったのです。

行政改革をすれば、16兆円ほど埋蔵金があると言っていましたが、官僚に屈してしまったため、当てがなくなった政権は、財務省の言いなりで消費税を上げようとしているのです。

 

自民党時代は、良いか悪いか別として、いわゆる『族議員』という、それぞれの分野のエキスパートがいましたから、官僚側に一定の歯止めが掛かりましたが、民主党になってからは、皆素人集団ですから、官僚にしてみれば、赤子の手を捻るようなものなのです。

 

官僚は、

『もし公務員改革をすれば、官僚に魅力を感じなくなった有能な人材が民間や国外に流れてしまう。それはすなわち、国力の低下に繋がる』

と言って、いわば政府を脅しています。

実はこれも正論なのです。

 

一部には、

『いかに優秀な人材でも、天下国家を考えない人間より、多少能力は劣っても、国家国民に尽くす人材の方がましだ』

と反論する人もいますが、これは一見正論のようで、実は暴論です。

いくら愛国心があっても、能力が劣っている人間に国を任せられるわけがないでしょう。この国で最も有能で且つ愛国心のある人材達が国を運営するべきなのです。以前にも述べた真のエリート、国士です。

官僚側から、このように脅しを掛けられ、時の政権はやむなく行政改革を断念するしかなかったというのが過去の歴史でした。

 

ではどうすれば良いのか?

時間を掛けるのであれば、真のエリート教育が必要なのですが、そのような悠長なことは言っておられません。

 

そこで、いま政権内には『国家戦略会議』という組織があります。有名無実化していますが・・・・。

新政権は、早急にこの国家戦略会議の拡大版を作ることです。

500名の有識者+5,000名のスタッフ、合計5,500名の組織です。全員契約社員で毎年更新します。

年俸は、有識者が5,000万円、スタッフが平均1,000万円。

必要経費を含めて年間経費1兆円から1.5兆円の組織です。この組織で、全ての国家戦略の政策を立案し、立法化して政府に提言します。

 

有識者は幅広い分野から公募します。政治家(国、地方)、経済界、大学教授、評論家、法律家、現役官僚、(若手はまだ有望なのが多い)・・・・500名ぐらいすぐに集まると思います。これがセーフティネットです。

 

この組織を整備した上で、大胆な公務員改革に着手します。

  1. 課長職以上は政府任用とし、契約雇用とする。
  2. 課長職以上の定年制を廃止。
  3. 公務員処罰法の制定。(エイズ、C型肝炎等、無作為の罪を厳格にする)
  4. 天下り法人に対する事業契約の停止。(民間、政府系企業共、徐々に減らして推移をみる。本当に必要な特殊法人のみ存続)
  5. 公務員給与と民間給与との連動。(課長職以下の職員の給与は、民間の平均給与の95%とする。五年くらい掛けて徐々に処置する)
  6. 国家、地方公務員の数を30%削減。(10年時間を掛ける)

 

この改革をすれば、正確にはわかりませんが、少なくとも新しい組織に掛かる1.5兆円など物の数ではありません。

いわば、官僚組織に対するライバル組織ができるわけですから、互いに緊張感もあり、切磋琢磨することでしょう。

 

実は、官僚はこのような改革こそが一番嫌なことであり、だからこそやる価値があるわけです。

 

最後に、私は現在の原子力政策は見直す必要があり、代替エネルギーの見通しが付くのであれば、今の原発は全廃した方が良いと思っていますが、しかしそれとは別に、最新の原発を2基か3基建設すべきと思っています。

むろん、立地条件、安全設備を何重にも考慮した上で、です。

 

理由は、電力の問題ではありません。

原子力は、外交、防衛、経済の有力なカードになりますので、是非にも保有しておきたいのです。

詳細は、次の機会にします。

 

 

 

 

マスメディア批判・その2

基本的に、マスメディアを信用していないせいか、やたらと細かい粗が見えてなりません。特に粗捜しをしているつもりはないのですが・・・・。

 

『香川真司』

香川にまた新しい勲章が与えられました。

ドイツのキッカー誌やスペインのマルカ誌など、欧州サッカー報道の主要メディアで構成される『欧州スポーツメディア協会(ESM)』の年間ベスト11に選出されたのです。

この賞は、『国際サッカー連盟(FIFA)』が選出する年間ベスト11に次ぐ、権威ある賞の一つで、メッシやC・ロナウドなど錚々たるメンバーと共に選出されました。

『欧州ベスト11』ですが、サッカー強豪国であるブラジルやアルゼンチンの代表選手は、ブラジルのネイマール以外、ほとんど欧州のクラブに在籍していますので、事実上『世界ベスト11』と断じても間違いないでしょう。

 

名実共に、『世界の香川』誕生です。

 

これで、中田云々、中村、本田、あるいはパク・チソン云々・・・・この比較論争に終止符を打つ結果となりました。

香川こそ、『アジア史上最高の選手』

との結論が出ました。

それでも、まだ何かを言う連中は、個人的な感情をぶつけているだけだと言えるでしょう。

 

それほどの名誉な賞であるにも拘らず、日本メディアのく○ぶりは相変わらずで、今朝の各局の番組のスポーツコーナーでは全く触れられていませんでした。(各局の番組を最初から最後まで見ることは出来ませんが・・・・)

東京のスポーツ誌の一面は野球ばかりで、この偉業が表一面になることはありませんでした。

たとえば、かつてイチローがMLB・アメリカンリーグのベスト9になったときは、表一面だったと思います。今年、ダルビッシュが何かの賞を取る度に表一面になるでしょう。

しかし、この調子だと、たとえ香川がFIFAの年間ベスト11に選出されても、裏一面が限界なのではないかと失望させられます。

 

断言しておきます。たとえ、欧州のスポーツメディア協会の賞といえども、MLB公式のベスト9よりは、遥かに価値が上だとことを・・・・。

 

私は、日本がW杯で優勝するためには、国力を結集する必要があると考えています。協会やJリーグ、選手つまりサッカー界だけでなく、あらゆる分野の力の結集が必要だと思っています。国家プロジェクトとして、1兆円ぐらい掛けて狙っても良いと思っているくらいです。

なあに、もし優勝でもすれば、その経済効果は何倍にもなって跳ね返ってくるばかりか、以前に書きましたが、日本のステータスが今以上に上がり、有形無形の国益を生み出すでしょう。それほど、サッカーW杯での優勝は価値があると思っています。

なでしこJAPANには申し訳ないが、女子と男子ではその値打ちは百倍も千倍も違うのです。

 

そういう点から見ると、私は日本がW杯で優勝するための、最大で最後の足枷となるのが、この野球偏重のマスメディアでしょう。

大手新聞2社がプロ野球球団を所有していること、また大手新聞2社が高校野球の主催者であることの弊害です。

日本の野球が、ただ単に新聞拡販の道具に使われて来た歴史の付けが回っているのです。新聞社は、球団を手放す事も、主催を辞めることもしないでしょうから、せめて一刻も早くサッカー人気が、野球人気を大きく突き放す時代になることを切に望みます。

 

 

『引き分け』

そのなでしこJAPANですが、テレビ番組では、

『女子W杯で、日本はアメリカに勝った』と発言していますが、間違いです。日本はアメリカに勝っていません。FIFAの公式記録では『引き分け』です。

PK戦は、あくまでも次戦へ進むための、『くじ引き』の代用に過ぎません。このPK戦は過去にしばしば悲劇のヒーローを生み出しているため、一考しようと動きもあるくらいで、

実際、ラグビーなどでは『コイントス』で当落を決めています。

それをアメリカに勝った、勝ったと連呼するのは、無知蒙昧というものです。

むろん、昨年のアジア杯準決勝の日韓戦も引き分けです。日本は韓国に勝ってはいません。

 

 

『年俸』

ダルビッシュの年俸が○○億円と報道します。MLB球団の○○万ドル提示を円換算するわけです。

日本ですから当然なのですが、愚の骨頂なのは、それを過去の日本人メジャーリーガーと比較することです。

イチローが○○億円、松坂が○○億円、比べてダルビッシュは○○億円という風に、です。

 

馬鹿でしょう。

 

円で比べて何がしたいのでしょうか?

円で比べる目的は何なのでしょうか?

 

為替レートを考慮せず、円比較することに何の意味があるというのか。実に馬鹿馬鹿しいです。

 

イチローや松坂の時代の為替レートがいくらだったか憶えていませんが、少なくともダルビッシュのときの、

1ドル≒80円

より円安だったことは間違いありません。

中には、ドルでの年俸額を併記している番組もありましたが、その場合でも円表示に比べれば、極端に小さな活字でした。

まさか、為替レートに気付かないほど愚かではないでしょうから、私には、ダルビッシュを松坂より過小評価されているという印象を視聴者に植え付けたいのだろうか、という邪推意外に見当が付きません。

 

 

『移籍金』

香川のマンチェスター・Uへの移籍が確実になりました。

報道によると、移籍金は15億円+出来高最大7億円ということです。一方で、ブラジル代表のフッキが今年CL優勝したチェルシーへの移籍も濃厚で、こちらの移籍金は50億円と言われています。

これをもって単純に、フッキ>香川などと、香川を貶める風潮がありますが、これもまた

愚行に過ぎません。

 

余談ですが、このフッキ、かつて東京Vに所属していた頃、日本に帰化を検討していたと噂さていました。しかし、素行に問題があり、当時の監督との折り合いが悪く、また審判への不信感もあり、東京Vを退団し日本を離れました。

そして、今や彼はメッシ、C・ロナウドに次ぐ、3.4番手を争うようなFWに成長しました。

・・・・たら、・・・・れば、で言えば、もしあのとき日本に帰化していれば、今の日本代表に彼が加わる布陣は、本気でブラジルW杯でベスト8以上を狙えたのに、と惜しくてなりません。

もっとも、日本に帰化し、そのまましばらくJリーグでプレイしていれば、今のような選手になっていたかどうかは別ですが・・・・。

 

さて、この移籍金、野球ではほとんど発生せず、主にサッカー界に用いられる言葉ですが、少々複雑です。

年俸と同様、この移籍金に対しても、ユーロとの為替レートを考慮に入れずに、中田がパルマに移籍した際の移籍金と比較しても意味がありません。

また、同じ今年の移籍でも、香川とフッキを単純に比較するのも意味がありません。

 

『移籍金』とは、選手が所属するクラブとの契約期間中に所属クラブを変更するにあたり、新しい移籍先クラブから元のクラブへ支払われるもので、違約金と同じです。

法律的には、選手が支払うべき性質のものですが、新しいクラブが肩代わりするというシステムです。

算出方法は、FIFAが基本原則を示し、その他は各国の協会がルールを作っています。むろん、Jリーグにも独自の計算方法があります。

 

契約期間中に、他クラブ移籍する場合に発生する金額ですから、当然残り契約年数が大きく関係します。

契約満了となれば、移籍金は0円ですから、たとえば残りが1年と4年では移籍金は大きく違うということになるのです。

 

香川の場合は残り契約年数が1年、対してフッキのそれは2年ですから、当然フッキの場合が割高になります。ですから、単純に比較はできないのです。

テレビ番組がこのあたりのことを説明することは有り得ないでしょうね。

ただし、香川の残り契約年数がフッキと同じ2年だとしても、とうてい50億円にはなりませんが・・・・。

 

 

最後に、芸能ニュースに対して一言。

午後の芸能ニュースを見ていて驚愕しました。高島政伸の離婚裁判?の様子を詳細に報道していたのですが、これまで私は、彼の妻である『美元』と塩谷瞬の二股騒動の当事者である『園山?』何たらという女性は、共に自己顕示欲の強い、ただの目立ちたがり屋だと思っていました。

事実、美元の場合は、離婚騒動が長引けば長引くほど、テレビ出演ができ、園山?は急激にテレビ出演が増大しました。

私は、個人的には離婚とか二股とか、本来は恥ずべき話題にも拘らず、臆面もなく番組に出てくる連中が、反吐が出るほど大嫌いです。

 

ところが、美元の場合はそうでもないような感じなのです。高島の証言が事実だとすれば、彼女、頭がおかしいですね。普通の日本人にはない感覚です。

高島も結婚生活を始めて、すぐに気付いたのでしょうね。やばいのに関わったと・・・・。

芸能生活を断念してでも、別れたいとはよほどのことですね。

こういうのを見せつけられると、昔のお見合い結婚というのも、それなりに意味があったのだと考えさせれます。
老婆心ながら、若い諸君らはくれぐれも相手に気を付けて下さい。

 

 

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