野球賭博と拉致監禁:その1

『大相撲』のときに、私は野球賭博で、警察の家宅捜索と事情聴取を受けたと述べましたが、いよいよその事件について語ろうと思います。
ただし、当然のことながら、この事件には様々な人物が関わっており、裏社会の関係者も登場しますので、これまでにも増して、匿名性を高めさせていただきます。

まず、この話を私に持ち込んだのは、いわゆる『街金』に勤めていたAという男です。このA、以前私がヤクザとの揉め事から救ってやったことがあったのです。
Aは、あるミナミの、クラブというかラウンジというか、ともかく飲み屋の黒服をしていました。私は師のお供で、良くこの店に通っており、顔馴染みになっていたのです。

あるとき、そのAから突然電話がありました。相談に乗って欲しいというのです。
その相談とは、ヤクザから『追い込み』を掛けられて困っているというものでした。詳しく話を聞くと、独立を焦ったAは、スナックの又借りをしたというのです。又借りというのは、正式な店舗の借主から借りるということです。
ビルやテナントのオーナーの審査を受けることがないので、手軽に店舗経営が始められるのですが、逆に元借主に一定の配当を義務付けられるので、相当額の売上が見込めないと危険な手段です。

しかも、元借主がヤクザ関係者だったため、一般より法外な条件を付けられていました。冷静に考えれば、危ない話だと分かるのでしょうが、自分の店を持ちたい欲望で、目が濁っていたのでしょうね。

ヤクザに滞納した金額は百数十万でした。
私が中に入って交渉し、八十万円の一括払いということで話を付けました。元々が法外な配当の要求でしたので、一般レベルよりやや高額に計算し直して、交渉したのです。
Aは、金を掻き集めても三十万円ほどしか都合出来なかったので、私が50万円を貸してやりました。その後、Aは水商売から足を洗い、昼間の仕事をして50万円は返済してくれました。
そのAが、数年振りに電話を掛けてきたのでした。

Aの用件は、『街金』の経営者に会って欲しいというものでした。現在、経営者・Nは大きな事業と取り組んでおり、私に助力を願いたいというのです。Nが計画する事業は画期的なもので、私にも大きな利益が配分されることになり、以前受けた恩を返したいとも付け加えました。

後日、私はそのNと会うことになったのですが、それが驚きの人物だったのです。

師の薫陶

師から受けた薫陶と言っても、たとえば『論語』や『中庸』などの古書の講義を受けるというような、取り立てて『これだ!』というのはありませんでした。むろん、師は自身の宗派の教義を押し付けるなど、決して為さいませんでしたから、専ら雑巾掛け、トイレ掃除、庭の掃除、洗濯などの雑用をこなしていました。
とは言え、いずれも私にとっては生まれて初めてのことばかりでしたから、最初は勝手が分からず戸惑ったものでした。師は、たとえ私が失敗しても、怒られるということはなく、懇切丁寧にやり方を教えて下さいました。

師は大変に忙しい方でしたので、大阪に居られることは、一年のうちの1/3程度で、一日中自坊におられたのは、仏教の年中行事のときぐらいでした。ちなみに、師はいわゆる『檀家』をお持ちではありませんでしたので、葬儀、法要等に縛られることはなかったようです。

自坊に居られたときの食事は、外食が殆どで、出前を取ることも滅多にありませんでした。四年間の寄宿生活の中で(離れた期間も含める)、私が食事の用意をしたのは、ほんの数回でした。

特別な講義などは受けなかったのですが、在院のときは必ずと言って良いほど、訪問客があり、その折には用件が済むと、私も酒の席に同席させてもらいましたので、その際の会話は良く聞いていました。経済人が多かったのですが、政治家や文化人、ジャーナリストなどもいましたので、様々な世界を垣間見ることが出来たと思います。

さて、そうは言いながらも、薫陶と言うか、試練を受けたことが一度だけありました。
私が、師の寺院に寄宿してからしばらくして、一旦師の許を離れたときのことでした。
理由は、以前にも述べましたが、私を寄宿させたことで、信者や知人から度重なる抗議を受けておられたからです。
ともかく、その間は早朝、掃除のために寺院に通い、一旦大学に戻って講義を受け、師の在院のときに限り、再び寺院に戻るという生活をしていました。

そのようなある日、奇妙なことが起こりました。
その日、私に東京へ出向いているはずの師から、すぐに寺院へ来るようにと連絡が入ったのです。急遽、予定を変更して、指定された時間に駆け付けたのですが、玄関の鍵が閉まっており、不在の様子なのです。寄宿時には鍵を預かっていましたが、外に出たときに返していたのです。

疑問に思った私は、公衆電話から電話をしてみましたが、繋がりませんでした。仕方なく、近所の喫茶店で三十分ほど時間を潰し、もう一度訪ねてみましたが、やはり不在でした。もちろん電話も繋がりません。

私はまた喫茶店へ行きました。
このようなことを三度繰り返しましたが、状況の変化がないことに業を煮やした私は、師の予定が変わったのだろう、と勝手に判断し、アパートに帰りました。
翌日、師に再び呼び出され、寺院に出向いた私は、烈火の如き叱責を受けました。実は、私は師に試されていたのです。呼び出されたものの、不在のときどのような行動を取るのか、観察されていたのでした。

師は、後に首相になった竹下登氏がまだ官房長官の時代、師匠の田中角栄氏の私邸に呼ばれると、すでに政府の要人の身であるにも拘わらず、新人の頃と変わりなく、進んで雑巾掛けをしたという逸話を例に挙げられ、不在と分かったとき、たとえ掃除をしたばかりであっても、もう一度草取りをするとか、水を撒くとかすらせず、そのまま立ち去った私を厳しく戒められたのでした。

私は泣きました。取留めもなく涙が出ました。可愛がってくれた祖父の死に際にも、父の死に臨んでも、一粒の涙も流さなかった私が大泣きしたのです。温厚な師に、初めて叱責されたということもありましたが、師の許での半年余りの書生修行はいったい何だったのか。師から受けたはずの様々な教えの意味を、全く理解していなかった自分が情けなくて涙が出たのでした。

それを機に、私がいっそう気持ちを込めて、雑用をこなすようになったのは言うまでもありません。

ロンドン五輪・その2:男女サッカー初戦

いよいよ、ロンドン五輪が始まりました。
五輪憲章で、大会は16日間と定められており、日程を要するサッカーは開会式前に、Gリーグの試合が行われるのですが、こんな誤魔化しをするのであれば、いっそのこと憲章を変更して、20日間ぐらいに延長すれば良いものを・・・・。
サッカーW杯は、約一ヶ月間も期間を要しています。五輪が20日間に増えても、誰からも異論はでないでしょう。

さて、結果を見れば、日本はこれ以上ない良いスタートを切りました。サッカーの初戦で、男女とも勝利は史上初ということらしく(といっても、たいした歴史は持ち合わせていませんが・・・・)、日本国中が沸きかえっているようです。(視聴率的に、マスコミが煽っている面もありますが・・・・)

ただ、気になることが男女に一つずつ。
まず女子ですが、私はマスコミや解説者が誉めるほど、良い出来ではなかったと思います。とくに後半は出来が良くありませんした。これが、コンディションや初戦のプレッシャーの問題であれば、解決できるでしょうが、そうでなければ、つまりカナダの日本に対する研究の成果だとすれば、他国も同様と考えられますから、今後も苦戦が予想されます。
まずは、次のスウェーデン戦の内容を確認したいと思います。たとえば、結果はともあれ、五分の内容で終わるようであれば、たとえ決勝まで進出したとしても、米国に勝つのは30%以下になりますね。(メダル予想のときには50%としました)

一方男子ですが、マスコミを始めとして、皆が、
『奇跡』という言葉を使いますが、あの『マイアミの奇跡』とは、明らかに違います。
アトランタ大会のブラジル戦は、ブラジルの戦力を100とすれば、日本は50以下だったと思いますが、今回はスペインを100とすれば、日本はこのメンバーでも70ぐらいの力はあります。
『~たら、~れば』は詮無いことですが、元々資格のある香川と、OAで長友、本田、細貝のうち2人が入れば(徳永がそのままの場合は1人)、90近くにはなるので、結構良い勝負ができる力はあるのです。
こちらも問題は、次戦のモロッコ戦です。この試合、私は点の取り合いになると予想していますが、勝ち切ることが大切です。引き分けてしまうと、ホンジュラス戦が難しくなってきます。

男子の方はもう一つ、相変わらず頭を傾げてしまうのが、
後半の日本の決定機を外した点を取り上げて、
『決定力不足』
と断じたことです。
私に言わせれば、『本当に馬鹿か?』と言いたくなります。馬鹿MCとか、無知素人が言うのであれば、仕方がありませんが、元プロ選手までが同じ発言をするとは、何というか失望しますね。

例えば永井にしても、もしこれがJリーグの試合か、アジアのチームを相手にした試合であれば、決定力不足と言われても反論できませんが、相手は世界NO1のスペインなのです。(事実、永井はアジア大会では、5得点で得点王となっています)
永井は、1トップのFWでありながら、試合開始から終了まで、前線からボールを追い回して、走り続けていたのです。

メッシやC・ロナウドがあれだけゴールを決められるのは、バルセロナやレアル・マドリードが強いチームで、ほとんど守備は免除され、攻撃に専念できるという要素もあるからです。

初戦という独特の緊張感もあり、前半戦だけで、思った以上に永井の体力は消耗し、足は乳酸が溜まって痙攣寸前、酸素不足で思考能力も落ちていた状態だったと想像できます。そのような状態で、もしゴールを決められるようであれば、彼はいま名古屋にいません。欧州のビッグ・クラブに所属していることでしょう。
永井を否定しているのではありません。(おそらく、彼は五輪後に欧州のクラブに移籍することになるでしょう)そうではなく、同じ状態でゴールを決められる日本人選手は、ポジションは違いますが、今のところ香川しかいないということです。だからこそ、香川はマンUという世界で3本の指に入るビッグ・クラブにいるのです。

MFの清武が、厳密な意味で、決定力不足の範疇に入るかどうかはわかりませんが、前半と後半の決定機を逃しました。彼と香川の決定的な違いは、あの場面で決められるかどうかです。ああいうところで、きっちり決めれるようになれば、彼もステップアップできるでしょう。
こういう評価は常識だと思うのですが、誰もこの点を指摘する者がいませんねえ。皆、『決定力不足』という便利な言葉に逃げている気がします。

最後に、今回の、特に男子の躍進を見て、野球界の首脳陣は苦虫を噛み潰していることでしょう。ただでさえ、サッカー人気に取って代わられつつある昨今、今日の歴史的勝利で調子の波に乗り、メダル獲得ともなれば、ますますサッカー界が勢い付くからです。
これで、WBC不参加を表明した選手会に、圧力が強まるのは必死でしょう。 



日本再生論・その7:日米安全保障条約の破棄

垂直離着陸輸送機・オスプレイの搬入、運用に対して、沖縄県民及び岩国市民の反発が強いようです。原因不明?(隠蔽している可能性有り)の墜落事故が相次いでいるのですから、至極当然のことです。
しかし、懸念されるのは普天間基地の移設問題で、政府と沖縄がギクシャクしている昨今、またしても火に油を注ぐような難問を抱え、ますます中国の暗躍、扇動に苦労しそうだということです。

それにしても、マスコミは相変わらずく○ですなあ。各報道番組では、MCが平気で、
『国と国の交渉は、国民が納得することが基本』
だとか、
『日本に拒否する手段はないのか?』
などと、なんというか無知無能な発言を繰り返しています。
そもそも、日米安全保障条約上は、オスプレイのような単なる『機種変更』は、日本側の了解を得なくても良いということになっているのですから、日本に拒否権などはないし、
『国と国の交渉は国民が納得することが基本』
という発言に至っては、笑ってしまうレベルです。日本は民主主義国家であり、中国のような共産党一党独裁国家ではありません。外交交渉で、国民の動向を心配するのは、専ら独裁国家です。ですから、尖閣問題でも国民の反応を気にして、必要以上に居丈高になるのです。

一方、立派な(皮肉)民主主義国家である日本は、国民の納得など必要ありません。
国民から負託された国会議員で構成される国会及び政権政党、内閣が外交交渉を行う訳ですから、結果に納得がいかなければ、選挙で落とせば良いし、政権交代を選択すれば良いのです。民主主義国家はそれが基本です。
いかにも、情緒的な発言の連続に、番組出演者、制作者側の神経を疑います。

さて、この普天間基地移設問題やオスプレイ配備問題を、一気に解決する良策があります。
それは、日本政府が日米安全保障条約を破棄する決心をすることです。国際条約の破棄は相手国の同意を必要としていませんから、日本側が決心さえすれば、いつでも破棄できるのです。むろん、今年、来年と言う訳には行きませんが、たとえば10年後、15年後を目途に破棄の方向で動くのです。

日米安全保障条約を破棄すれば、米軍基地を日本に置く必要がありませんので、米軍基地は全て返還となります。これで、基地問題及び、オスプレイなど付随する問題は全面解決です。
しかしながら、日米安全保障条約を破棄は、すなわち日米同盟の解消ということですから、日本は自前の防衛力を強化しなければなりません。
これまで、米軍に頼っていた防衛を自衛隊が担わなければなりませんので、人員も装備も増強しなければなりません。当然、防衛予算は2倍、いや3倍ぐらいは必要となります。
現在の予算を約5兆円として、+10兆円が必要になりますが、国家公務員と地方公務員の給与を平均で20%カットすれは楽勝でしょう。
むろん、核兵器開発も検討されて然るべきでしょう。

そうなれば、わたしとしては、ずいぶんと『まともな』あるいは『普通』の国になると思うですが、残念ながら、これは米国が断じて承服しないでしょう。条約の強硬破棄は出来ますが、米国と敵対するのは国益を大いに損ねますから、上策とは言えません。

そこで、『新・日米安全保障条約』の締結となります。この条約は、現在の片務条約を解消し、出来得る限り対等条約とします。地位協定の見直し、集団的自衛権の行使は言うまでもありません。
この条約の締結により、締結後20年間は米軍基地を日本国内に置くことを容認します。
(20年後に、返還を含めた再交渉を行う)

候補地としては、地政学上、沖縄県の嘉手納、山口県の岩国、青森県の三沢基地か北海道に新設する3ヶ所が適当でしょう。逆に、グアムに日本軍の基地を置くことになるでしょう。
この米軍基地の返還は、大きな経済効果も生み出します。特に、東京の都心部にある横田基地は、約2百万坪という広大な土地ですから、この再開発は日本経済復活に大きく寄与することでしょう。

むろん、クリアーするべき難題は多々あります。憲法改正と米国の説得ですが、時の政権が本気になればできないことは無いと思います。要は真剣に向き合い、命を賭す覚悟があるかどうかだと思います。

マスコミは、普天間移設問題を語るとき、日米安全保障条約の破棄を含めた、安全保障の全面見直しまで言及しなければ、何も解決しないことを知っています。知っていながら、反日、左翼分子の巣窟であるマスコミは、あえてそこを避け続けているのです。なぜなら、世論の喚起によって、日本が『まともな国』になっては困るからです。実質上、米国の属国のまま、米国にも中国にも他国にも歯向かわない、従順な日本にしておきたいからです。

このようなく○共がマスコミを支配し続ければ、日本は本当に亡国の一途を辿ることになるかもしれません。

MLB通信:イチロー、ヤンキース電撃移籍

朝、テレビを点けて、びっくり仰天しました。なんと、イチローがヤンキースへの移籍会見をしているではありませんか。
MLBに関しては、前半戦終了に、ダルビッシュを取り上げようと思っていたのですが、シーズン終了時まで先送りすることに決めました。ですから、シーズン途中でMLBの話題を取り上げることはないと思っていたのですが、さすがにこの移籍は避けて通れません。

むろん、私は大歓迎ですが、欲を言えば遅きに失した感が否めません。確か、昨年?だったか一昨年だったか、ヤンキースへの移籍が取り沙汰されたことがあったと思いますが、そのときに移籍していればなあ・・・・というのが正直な気持ちです。
でも、これから40歳を迎え、さらに超えての数年間、現役でプレイするためには、良い決断だったと思います。

それにしても、MLBっていうのはさすがに凄いですね。会見から数時間後、さっそくヤンキースのユニフォームを着て試合に出場するのですから・・・・・しかも、相手が古巣のマリナーズだなんて、舞台が出来過ぎでしょう。
そして、イチローが打席に立ったときの、スタンディングーオベーション。いやはや、イチローは、どれだけファンに愛されていたのでしょうか。

同じ、マリナーズの主砲だった、ヤンキースのA・ロドリゲスは、移籍当初から今日迄、
この試合でも強烈なブーイングを受けていました。A・ロドリゲスは、一応米国籍のはずで、この日本人であるイチローへの態度は稀有なことだと思われます。
まあ、A・ロドリゲスの場合は、当時のレートで年俸30億円の、10年契約というとんでもない大型契約でマリナーズを去って行きましたから、『金目当て』と非難されても仕方がありませんがね。

さて、イチローの成績については、論評するまでもないでしょう。凄い、の一言です。
何が凄いかと言えば、イチローは決して傑出した運動能力を持つアスリートではない、ということです。彼の運動能力を100とすれば、MLBには120、130の能力を持った選手は数多くいると思います。
しかし、コツコツと弛まぬ努力を重ねること、当り前のことを当たり前のように行う能力は、イチローを100とした場合、運動能力で彼と同等以上の選手たちは、皆50以下なのだと思います。ですから、トータルすればイチローの方が上回り、MLB史上に残るような大記録を打ち立てることが出来たのでしょう。

日本人は、身体能力では黒人に劣り、体格、パワーでは白人に劣ります。これは民族的劣勢ですから、今後も如何ともできません。しかしイチローは、日本人でも努力し続ければ、黒人、白人にも勝ることを証明して見せました。
もちろん、これは野球に限ったことではありません。水泳では、すでに北島がそれを証明し、近年では香川がサッカーにおいて証明しようとしています。また、スポーツに限らず、科学技術の、何十年後かに成果が出るか出ないか、といった基礎研究なども、日本人が得意とする分野でしょう。
日本人が世界から称賛されるのも、イチローがマリナーズのファンから愛されるのも、こうした献身、努力、謙遜、といったことに加え、忍耐、忠誠、誠実といった美徳が、彼らの心を捉えて離さないからでしょう。

さあ、ヤンキース移籍で、モチベーションを取り戻したであろうイチローの今後の活躍に期待しましょう。
当面は、日米通算の参考記録ではありますが、MLB記録であるタイカップの4,189安打の更新と、MLBでの通算3,000安打の達成ですかね。いずれも、今年を含めてここ3年が勝負です。

やしきたかじん・ゆめいらんかね

食道癌の治療のため、休養してから早くも半年が過ぎました。
意外な復帰の遅れに、ファンである私は、大丈夫なのだろうか?と心配している今日この頃です。

私が、たかじんに親近感を覚えるのは、彼の歌や毒舌ではありません。もちろん彼の歌は好きですが、言われるほど毒舌ではないと思いますし、特に読売テレビ系列の『そこまで言って委員会』では、彼はほとんど自分の意見を言っていません。

私が、彼のファンである理由は、彼の夜の遊び方にシンパシーを覚えるからです。
彼は、よく番組中で『北新地』のクラブの名を挙げています。『城』、『小野』、『ピアジェ』・・・・実は、かつて私もそれらの店で遊んでいたのです。
たかじんが北新地で本格的に飲み始めたのは、私より古いはずですから、一度ぐらいは出会っていてもおかしくはないのですが、残念ながら一度も出会っていません。道ですれ違ったことさえありませんでした。

私が、一時期とはいえ、足繁く北新地に通った理由は、むろんプライベートの遊びではなく、会社の接待と、何と言っても師の猟官運動のためでした。
猟官運動と言うと、少し違和感を覚えますが、実はその頃、師は京都のある本山の貫主(トップ)に就く予定でした。ところが、ちょっとした手違いで、数人の印が必要となり、と言っても只者の数人ではないので、その印を貰うために、相手を接待漬けにせざるを得ず、私もその渦中に居たということなのです。

さて、たかじんがしばしば話している遊び方も、これがまた私と良く似ていました。
さすがに、私には、
『わざと《ぼったくりバー》に入り、ビール2本で《6万円》を請求されると、
《ぼったくりバーにしては、根性が無いな》
と言って、20万円を支払った』
などという豪気な逸話はありませんが、もう一つのテナントビル一棟の全てのスナックを一晩で飲み回ったというのは、私にも経験があります。

もっとも、彼のように一晩で十数軒というのは無理でしたが、二晩で12軒、つまり一晩で6軒というのはありました。しかも、私の場合は全ての店でボトルキープをしましたので、その点だけはたかじんに勝っているかもしれません。何をもって『勝っている』のかはわかりませんが・・・・(笑)

前置きが長くなりましたが、私が彼の曲の中で最も好きな曲は、『ゆめいらんかね』です。
たかじんのファンでない人は、知らないかもしれませんね。
『なめとんか』、『未練』、『ヤッパ好きやねん』、『ICHIZU』、『東京』・・・・彼の代表作は多くありますからね。

優しい女が 一人居た
愛していたし 愛されていた
春になれば アパート借りて
二人で暮らす 約束だった

ゆめひとつ いらんかね
ゆめひとつ いらんかね・・・・

不幸は こっそりやって来て
知らんふりして 通り過ぎる
ある日のデート 姿を見せず
女はそれっきり どこかへ消えた

とりたての涙 いらんかね
とりたての涙 いらんかね・・・・

訳も知らずに 残された
思い出と私 二人きり
ほうけた男が やさしい女を
あれからずっと 探してる

やさしい女 知らんかね
やさしい女 知らんかね・・・・

ゆめひとつ いらんかね
ゆめひとつ いらんかね・・・・
とりたての涙 いらんかね
やさしい女 知らんかね

この曲以外の、いわゆる『濃い』あるいは、『ドロドロ』とした感じの歌詞とは違い、表面上は『さらっ』とした歌詞なのですが、それがたかじんの歌唱力とマッチすると、非常な『哀愁』を醸し出すので、私は好きですね。
もっとも、相当な歌唱力がないと人の心には響かないと思われますので、私は一度も歌ったことがありません。
是非、一度聞いて見て下さい。たかじんの一日も早い復帰を願って止みません。

日本プロ野球の崩壊・その3:WBC不参加問題

昨日、日本プロ野球選手会は、来年3月開催の第三回・WBCに不参加を表明しました。
大英断であり、大賛成です。現状が変わらなければ、最後まで貫き通して欲しいものです。
選手会が不参加を決めた理由は、利益の配分ということですが、
『ちょっと待てよ。これって、選手会が声を上げる問題なのか?』
というのが私の率直な感想です。

WBC全体のスポンサーの約70%が日本企業であるにも拘らず、利益の配分はMLBが約66%に対して、日本が約13%ということが主な理由として語られています。米国の約66%というのは、経費や中南米諸国の取り分も含んでいるとのことですが、それにしても異常な配分であることに違いないでしょう。

さて、この事態を受けて、加藤コミッショナーは、さっそく、
『野球界全体のことを考えて欲しい』
とか、
『ファンの気持ちを考えて欲しい』
とか、まるで他人事のような発言をしています。
おそらく、近日中には、セ・パ両会長や、各球団のオーナーたちが発言を開始し、特に巨人のオーナーや渡邉名誉会長?などは、
『選手会は金に強欲だ・・・・』
と、声高に批判することが目に見えています。(ただ、サンデーモーニングの張本氏が、選手会を支持したのは意外でしたが・・・・)

しかし、はたしてそうでしょうか?
選手会は、決して金銭欲で不参加を表明したのではない、と私は見ています。たとえば、もしNPBへの配分が増えたとしたら、その増分は東日本大震災へ寄付する考えだって持ち合わせていると思います。

そもそも、この問題の根幹は、2006年の第一回大会の2年前に遡ります。
この頃、日本のプロ野球は人気衰退に歯止めが掛からず、特に巨人戦のテレビ視聴率は右肩下がりの一途を辿っていました。
何とか、人気低迷の梃入れを図りたい日本野球機構(以下NPB)と巨人は、真の世界一を決める世界大会の開催を目論みました。
それまでの野球の世界大会は、オリンピックとIBAF・コンチネンタルカップぐらいで、サッカーのW杯のような、真の代表が戦う大会はありませんでした。

しかも、その一つであるオリンピックは、今年のロンドン大会の種目から除外になる予定だったか、除外が決定したか、とにかくますます野球の衰退が見込まれる時期でもありました。そこで、NPBがMLB側に働き掛けて、WBCの開催の運びとなったのですが、経緯が経緯だけに、NPBはMLB側が出したそのときの条件を丸呑みするしかなかったのです。

MLBが世界一だと自負している米国は、野球がオリンピックの種目から除外されようがどうなろうが、痛くも痒くもなく、自分たちの好きなように運営出来るのであれば、と開催に賛同したのです。
ですから、本来はサッカーのFIFAのような組織を創ってから、その元に公平な組織運営をするべきでしたが、ともかくサッカーのW杯のような大会を開催したいと焦るNPBは、MLBの要求に唯々諾々と従ったのです。

当時のNPBの思惑としては、とりあえず第一回を開催してしまえば、その後の交渉で何とかなると高を括っていたのでしょうが、予想外のMLBの強硬な態度に折れてしまい、第二回も同じ運営方法で開催され、さらに今日に至るまで、いっこうに改善されないため、止む無く選手会が声を上げたのです。

言うまでもなく、MLBと交渉するのはNPBであって、選手会ではありません。NPBが、具体的には加藤Cやセ・パの両会長が、MLB側のコミッショナーや運営会社の事務局と交渉すべきなのに、今日まで事態を放っておき、挙句の果てに、選手会の反旗によって、初めて何も改善されていない事実が国民の前に明らかになったのです。

したがって、今回の件で糾弾されるべきは選手会ではなく、あくまでもNPBなのです。しかし前例を見れば、おそらく選手会が非難の的になるのではないか、と私は危惧します。読売新聞、中日新聞や日本テレビといった球団の親会社は、自らの怠慢、無能をさておき、選手側の金銭欲に論点をすり替えて、自己保身に奔ると思うからです。

そして、その中心に居座っているのがいつも巨人です。私が、プロ野球が嫌いになったのは、まさにこの旧態然とした現状に反吐が出るからです。歴代のコミッショナーやセ・パ会長は、巨人の意向の下に人選されているのは周知の事実です。
そうしておいて、巨人は国内では絶大な権力を振るうくせに、自分より巨大なMLBにはあっさりと尻尾を巻いてしまいます。
『強きを挫き、弱きを助ける』ではなくて、『弱気を挫き、強気に諂う』のが巨人です。巨人の正体とはそのようなものです。私が、巨人をことさら毛嫌いするのはそれが理由です。

NPBが参加できる解決策はただ一つ。
日本の企業がスポンサーから降りることです。当然、運営は赤字になりますから、NPBの配分も極端に減り、選手にとっては実入りがなくなるかもしれませんが、その結果、WBCの開催廃止になるか、MLBが善処するかの二択になるでしょう。

もう一つ腹が立つのは韓国です。韓国はスポンサー額のわりには、9%という利益配分を得ています。日本のスポンサーが70%ですから、残りの30%のスポンサー全てが韓国企業であっても、日本の半分以下ですから、利益配分も6%以下であって然るべきです。
おそらく、韓国は日本企業から金を分捕っているという意識ですから、現状に不満は無く、米国に与するでしょう。
この際、選手会には徹底抗戦をしてもらい、そのあたりの不透明な不部分も正して欲しいものです。
最後に、ファンは今回の選手会の判断を支持し、最後まで支援しましょう。

逆もまた真なり

《原発再稼動反対デモに見る、腐れ民主党の深謀遠慮》

このところ、総理官邸をデモ隊が取り巻いているようですが、このような大規模デモは、例の70年安保闘争以来でしょうか。沖縄では、普天間基地移設問題で数万人?規模の集会がありましたが、官邸に向けてのデモは、ずいぶんと久しいことだと思います。

このデモは、以前のように特定団体や組織が、組合員やら社員やらを動員していたのとは違い、TwitterやFaceBookなどの、いわゆるITメディアによって情報が拡散し、自らの意思で参加した一般市民だといわれているようですが、はたしてそうでしょうか?

たしかに、参加者の大部分は一般市民だとは思いますが、最初に情報を流したのは、本当に善意の第三者なのでしょうか?そう考えるのは、あまりにナイーブ過ぎませんか。
原発再稼動反対=日本の経済に悪影響=日本国力衰退、を謀る反日分子が扇動したと考えるのが妥当でしょう。

ところで、私自身は以前にも述べましたように、既存の原発は順次全て廃炉にすることを主張しています。その代わりとして、最先端技術の粋を集めた原発を数基、活断層を調査し、しかもドームで覆おうという安全対策を施したうえでの建設を、と主張しています。
私は、その方向で進むのがベストだと思っていましたが、政府、経済産業省は、あまりに稚拙且つ拙速なやり方で大飯原発の再稼動を決定してしまいました。

当初、私はこれを、経済産業省の既得権防衛のために、政府官邸や東京電力と謀った結果だと思っていました。もちろん、そういった一面はあるでしょうが、そのような簡単なことではないのかもしれないと気付きました。
よくよく考えてみれば、今の民主党政権は亡国政権、つまり日本の不利益になること、日本が衰退するような政策を好んで行う政権でした。
そのような反日政権が、
『原発再稼動という、日本経済にとってはプラス要因の政策を取るのだろうか』
と考えたとき、なぜ政府が経済産業省の口車に乗ったのかが、わかりました。

もし、政府が根本的にエネルギー政策を見直し、原発再稼動にはいくつもの安全対策を検討した上で結論を出した場合、この日本に数基の原発が残る結果になったのかもしれないのです。
それはすなわち、日本の原子力技術が国内に残ることであり、将来の核兵器開発に余地を残す結果ともなります。それは反日分子にとっては痛恨の極みなのです。
そこで、原発再稼動を拙速、強引に進めることにより、国民の反発を買う戦法を取ったのです。
このように考えると、政府が早急な再稼動を推し進めたことが納得できます。下手をすれば、本当にこの日本から原発が無くなり、貴重な技術は海外流出し、たとえば中国に技術移転すれば、中国はもちろん、中国を経由して北朝鮮の核の脅威も増すという本末転倒な事態になるでしょう。

原発問題は、ただ単にエネルギー問題ではなく、外交、防衛問題であると言ったのはことのを危惧するからです

52年目の真実

52年目の真実、などと大上段に構えましたが、たいした話ではありません。
極めて個人的なことで、ただ単に私が無知だっただけのことです。

一昨年の夏のお盆、私は義理の叔父の初盆に回向しました。私の母の妹の連れ合いですから、私にとって義理の叔父になります。
以前にも書きましたが、私の父は、私が大学生のときに1回目の『食道静脈瘤破裂』で倒れ、以降3度の『食道静脈瘤破裂』と『胃の全摘出』の合計4度の大手術を受けた末に、1993年1月17日に亡くなりました。
1月17日というと、奇しくも2年後の阪神淡路大震災と同じ日です。

父が亡くなって以降、我が家は母と祖母の、女手だけになりました。日常生活では、力仕事が避けて通れないのですが、義理の叔父はそれこそ母の実の弟よりも、親身になってその役割を果たしてくれました。
それほど、恩義のある義叔父の葬儀には、拠所ない事情があって、参列できなかったので、初盆会にはどうしても、と回向したのでした。

さてその折、いや正確には帰省したとき、前年の葬儀にある人物が出席していた、と姉から訊いて私は驚きました。
私とその人物が遠縁だったとは・・・・初めて知った事実でした。
しかも、そのK・Aは亡くなった義理の叔父の実姉の息子ですから、私と違って正真正銘?の甥なのです。

K・Aは、同じ村に生まれ、幼稚園、小学校、中学校と同級だった幼馴染で、思い起こせば、私が小学生の頃、彼の家に遊びに行くと、彼の母親はやけに私に親切だった記憶が残っています。
もちろん、彼の母親の生来の性格もあったでしょうし、私の生家の権勢もあったでしょうが、姉妹(私の母と叔母)と姉弟(K・Aの母と義理の叔父)という繋がりがあったことが根本だったのでしょう。
余談ですが、K・Aには2歳下の弟がおり、彼がなぜか私を慕っていて、私は中学だったか高校だったか、私の参考書を全て彼に譲ったことがありました。

葬儀と違い、初盆は賑やかに行われます。
大勢の親族が集まり、深夜の2,3時頃まで飲み明かすのが慣わしなのですが、その折、さらに驚いたことがありました。
彼が、テレビドラマの『太陽に吠えろ』(古いなあ・・・・)に憧れ、警察官になったことは耳にしていましたが、名詞をもらってびっくりです。
詳細は控えますが、階級は『警部』でしたが、役職は現場のトップというべきものでした。
つまり、凶悪事件が起こると、捜査本部が設置されるのですが、彼が実質的な現場指揮と執っているようなのです。

警視庁や大阪府、神奈川県、愛知県などの大規模警察本部ですと、本部長始め局長クラス、課長クラスも『キャリア』、つまり国家公務員一種試験に合格した者でなければ、なかなかに就くことが難しい役職ですが、小規模警察本部ですと、本部長一人か、その下の部長辺りまでがキャリアで、以外はノン・キャリアの叩き上げ刑事が就いています。
ですから、ノン・キャリア組の彼にすれば、出世のほぼ頂点に達しているようなのです。

さて、凶悪犯罪を捜査しているだけあって、ごつい身体をしていました。身長は私よりやや低いのですが、横幅と胸板が半端ないですね。もちろん、眼つきは鋭く、談笑の中にも時折見せる鋭い視線は幼馴染でなければ、ドキっとするでしょう。
ただ、その場に居た親戚の者たちは、年長者であっても、K・Aの社会的立場を考慮して、丁寧な言葉遣いをしていましたが、私との関係性は昔のままで、私が名前を呼び捨てしたのに対し、彼は○○君と『君付け』にしました。私の田舎で同級生に『君』を付けるのは敬語と同様の意味合いがあるのです。さすがに、私も居心地が悪かったので、名前を呼び捨てにするように言いました。

その日、携帯の番号を交換して別れましたので、昨年帰省した折も、時間があれば一杯やろう、と連絡し合いましたが、残念ながらいっこうに時間が取れず仕舞いでした。今度一杯やるときは、おそらくどこかの警察署長になっていると思われます。

最後に、実はK・Aは、『マドンナ編』の文中の、中学生時代、私が憧れていた美少女と噂になった、まさにその男でした。

日本プロ野球の崩壊・その2:ONの功罪

『ON』と訊いて、すぐにはわからない人もいるのではないでしょうか。もちろん、三十代以上の人は、すぐにわかるでしょうが、二十代以下で、しかも野球に興味のない人たちには、わからないかもしれませんね。
もし、そうだとすると、私にとってはこの上ない喜びです。

以下敬称略とします。

『O』すなわち『王貞治』と『N』すなわち『長嶋茂雄』。
トラキチの私にとって、この二人が如何に憎々しい存在であったことか、申すまでもありません。

芸能人の中には、
『俺は阪神ファンで、アンチ巨人だが、ONは別だ』
などと、ほざく奴もいますが、それは嘘でしょう。本当の阪神ファンなら、またアンチ巨人であるなら、『ON』とて例外でないはずです。
『坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い』のたとえがあるように、巨人の中心選手で、何度も痛い目に遭った『ON』が、例外であるはずがありません。
そういう輩は、きっとテレビ局やスポンサーを恐れて、心にも無いことを言っているに過ぎない小心者で、私は阪神ファンとは認めませんがね。

ただ、現役を退いた後の、二人の評価は正反対になります。
王は『良』、長嶋は『不可』です。評価の分かれた要因は、決して王と師が交誼を結んでいたからではありません。師から紹介され、私も王と直接親しくなっていれば、そういうこともあったかもしれませんが、残念ながら王とは会う機会がありませんでした。

では、評価を分けた分岐点は何か?
それは、王は巨人から離れ、当時のダイエーの監督になったからです。彼の大英断が、その後の地域密着戦略のさきがけとなったのは明らかで、日本ハムの札幌、楽天の仙台と続きました。
今、どうにかこうにか日本のプロ野球が持ち堪えているのは、王のこの英断があったからに他なりません。さすがに、『世界の王』。日本プロ野球の行く末を思っての行動は、大いに称賛されるべきでしょう。

方や、長嶋。
一度目の監督のときに、『解任』というこの上ない屈辱を受けながら、未練たらたらと、再登板を待ち、他球団の監督の要請を断り続けました。
実力、実績はともかく、人気では王を大きく上回る長嶋が、王のような英断を下していれば、その後の日本プロ野球界の凋落を、もっと防げていたでしょう。それを、野球界全体を俯瞰せず、巨人の監督という己の欲望のみに徹した長嶋は、私に言わせれば、今日のプロ野球衰退の戦犯者です。

戦犯とは言い過ぎではないかと反論する人もいるでしょうが、私はこの世には、使命を受けて生まれた者がいると思うのです。実力以上に世間から評価と待遇を得た長嶋は、まさにその該当者であり、お返しとして世に尽くす必要がありました。
彼の場合、世に尽くすとは、巨人という小さな井から出でて、プロ野球全体の繁栄に尽くすということでした。しかし、彼はあくまでも巨人に固執した。これを天に対する背信行為と言わずしてなんというのでしょうか。

論語で言えば、王はまさに『君子』で、長嶋は『小人』ということでしょうね。

まあ、しかし冷静に考えてみれば、立教大学からプロ野球に進むとき、口約束とはいえ、一度は南海ホークスに入団すると約束していながら、巨人へ入団するという不誠実な男ですから、プロ野球界全体を俯瞰しろ、などとは無理な注文だったのかもしれませんがね。
また実績は、王はおろか野村よりも大きく劣るくせに、読売新聞、報知新聞、日本テレビと、巨大マスコミによるマインドコントロール紛いの報道攻勢で、成績以上に祭り上げられた、いわば創られた『アイドル』ですから、能力的にも野球界全体を云々、などと期待する方が馬鹿なのかもしれません。

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