日本プロ野球の崩壊・その1:序章

子供の頃、私は大の野球ファン、トラキチでした。
以前にも書きましたように、強烈なアンチ・巨人、且つ阪神ファンの祖父に育てられましたので、当然といえば当然でしょう。まあ、これも一種の『洗脳』でしょうね。

私が世の中の仕組みというか、力学といったものを理解できるようになるまでは、祖父はただ単に『一番』が嫌いなのだと思っていました。言うまでもなく、日本プロ野球を創設し、発展させたのは巨人ですから、巨人がNO-1でしょう。
他にも、世は、
『巨人、大鵬、卵焼き』
の時代でしたから、当然大鵬も嫌いで、同じ横綱だった柏戸のファンでした。

『社会問題:いじめ』で、少し触れましたが、私の生家と祖父について、もう少し詳しく紹介しておきます。
私の生家は、地元では最も古い家の一つで、何代か前までは、この界隈の大部分の山林、田畑を所有していたそうです。
当時、たぶん江戸時代でしょうが、当主は馬で近隣を行き来していたようです。江戸時代の田舎で馬というものが、どれほど貴重な動物だったかは分かりませんが、農民(漁民)が交通手段として、馬を所有していたということは、『それなり』だったのではないでしょうか。

ところが、ご他聞に洩れず、私の高祖父(祖父の祖父)の父、つまり私の五代前の当主が、他人に騙されて、その大半を失うことになりました。
特に貧乏になったわけではないのですが、権勢が衰えたのは事実で、その後、生家は凋落の一途を辿ることになります。
それを、財産はともかく、以前の威勢を復活させたのが祖父でした。

祖父はとにかく、正直で曲がったことが大嫌いの、『正義の鎧』を纏っているような人間でした。若くして、漁協の会計を任された祖父は、当時の漁師村にありがちな『どんぶり勘定』を良しとせず、とにかく一円の間違いまで正したそうです。

その頃は良くあったということですから、笑ってしまいますが、水揚げした魚介類の落札額を誤魔化し、その差額を自分の懐に入れる上司もいたそうで、祖父はそういったことにも目を瞑ることなく、食って掛かったそうです。
そういった脛に傷を持つ人間には、疎ましく思われたそうですが、村人たちからは絶大な信用を得たようで、しだいに、
『祖父に任せておけば安心』とか、『何かあれば、祖父に相談しろ』
という風潮が醸成されていったようです。

晩年には、町長選挙ですら、
『祖父が応援する人物でないと・・・・』
と、投票にまで影響を与えるようになりました。こういった実態は、当然国会議員の耳にも入りましたので、ある人物から、その界隈の票の取りまとめを依頼されてもいました。

さて、そのような祖父の血を受け継ぎ、且つ育てられた私ですから、祖父ほどではないにしろ、不正不義が嫌いであることは言うまでもありません。
その私が、自分の意思で巨人を嫌いになる決定打となったのが、あの1978年ドラフト会議前日の、
『江川の空白の一日』
事件です。

事件の詳細は控えますが、
『世の中は、こんなことが罷り通るのか?』
というのが、私の率直な感想でした。

師の寺院に寄宿して約10ヶ月。
私にも、それなりに分別というものが付き、全くのナイーブな青年ではありませんでしたし、社会の仕組みというものも、分かり掛けていた頃でした。
しかし、
『この理不尽な蛮行が堂々と罷り通る社会』
に、怒りというより、虚しさを覚えたものです。

『巨人は球界の紳士たれ』
というのが、日本プロ野球生みの親であり、巨人軍のオーナーだった故正力松太郎氏の言葉です。
紳士とは、
『自らの利益のためには手段を選ばず、所属する組織のルールを破ってまでも、その目的を果たす者』
ということなのでしょうか。

私は、
『祖父は、ただ強者が嫌いなわけではなく、直感的に巨人の胡散臭さを見抜いていたのだ』
と悟りました。
それまでも、巨人は他球団のエースや中心打者を引き抜き、補強していました。しかしそれは、強い球団を作るための当然の努力であり、正当な行為だと思っていましたが、祖父はその裏にある、金に任せたどす汚い画策や黒い陰謀も嗅ぎ取っていたのでしょう。

それまでの巨人の汚い行為は、表沙汰にはなりませんでしたが、この江川事件により、ついに、
『巨人は汚く醜い球団』
であることが公になったのでした。
まさに、巨人自身が墓穴を掘った瞬間であり、その後の迷走への序章となった象徴的な事件でした。

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