日本再生論・その6:日本民族は世界最低か?

日本民族が世界最低か?
というのは皮肉というか、本心とは裏腹の物言いです。
私が言うまでもなく、日本人が世界で最も民度が高く、優秀な民族の一つであることは、日本国民が思うよりも遥かに世界が認めているところです。

昨年の東日本大震災での、被災民の忍耐強く、極限状態でも他人を思いやる行動は、全世界の称賛を浴びました。
反日の色濃い中国でさえも、ネット上では、
『被災民の秩序正しい行動は大変な驚きで、中国人も見習うべきだ』
とか、
『日本が奇跡のような戦後復興を遂げた理由が分かった』
と、称賛の声が圧倒的でした。

振り返ってみれば、19世紀の欧州列強による帝国主義を背景とした植民地政策の大波を、なぜアジア諸国において日本だけが避ける事ができたのか。
それは、鎖国はしていたものの、元禄文化を始めとする高度な文明文化が花開いており、当時のアジア諸国の中では、抜きん出て民度が高かったことが主要因です。

それは、幕末から明治初期に掛けて、欧米から訪日した各分野の数多の一流人が、口を揃えて記録にこう残しています。
『まさか、極東の果てにこのような高文化及び高民度の国があろうとは思いも寄らなかった。この国の庶民は、貧しいながらも、卑屈なところが全くない。僅かな食物を近所で分け合い、共生の心を持ち、明るく生きている。また、この国の文化レベルは非常に高く、とくに絵画、文学、演劇などは欧州のそれに引けを取らない』と。

この民度の高さゆえ、欧州列強は日本の植民地政策を躊躇したと考えられています。
とはいえ、軍事的には大人と赤子のような差がありましたから、その気になればいつでも植民地にする用意はしていたと思います。

ところが、明治維新以降の日本の発展は目覚しく、いわゆる『富国強兵』によって、あっという間に国力を付けて行きました。これは、ひとえに日本人の民度が極めて高かったからに他なりません。

その後、日清、日露戦勝の勝利によって、日本は独立を守ったどころか、欧州列強の仲間入りをしたのです。
日本が中国、韓国,北朝鮮以外の、アジア諸国から尊敬の念を抱かれるのは、ひとえにこの歴史的事実によるものです。日本が西洋諸国と互角に渡り合えた唯一のアジアの国だったという事実です。
さらに、戦後の驚異的な復興も、世界に日本民族のレベルの高さを再認識させました。
明治維新と戦後復興。
この二つの奇跡は、どちらも日本人の民度が高かったために、成し遂げられたものだということは、疑いの無いところでしょう。
しかし、皮肉な事にこの民度の高さが、却って今の日本の凋落を招いていると思うのです。私が敢えて『世界最低民族か?』と言ったのは、そのためです。

以前、中国の国家主席、たぶん江沢民だったと思いますが、(違うかな?)
『日本の政治家が羨ましい。中国国民が日本人のようであったなら、統治はどれだけ楽なことか』
と、発言しました。
確かに、日本人ほど政府、役所に従順で、法律を遵守する民族も珍しいでしょうが、このことが、却って政府、政治家の怠慢と堕落を容認し、政官財の癒着、官僚の専横を許したといっても過言ではないでしょう。

かつては、
『経済は一流、政治は三流』
などと揶揄されていましたが、経済が好調な時代は笑って済まされても、頼みの経済が振るわなくなった今日、とうとう回って来た付け・・・・それはつまり、日本人の極端な政治への無関心により、優秀な政治家が生まれるステムを構築してこなかったこと・・・・を払わされているのです。

政治評論家の三宅久之氏などは、再々テレビ番組などで、
『国民のレベル以上の政治家など、生まれるはずがない。政治家のレベルが低いのは、つとめて日本国民のレベルが低いからだ』
と、主張されています。

一理ある発言です。
日本人はルール遵守、謙譲、忍耐といった共生の精神、美徳には優れているのですが、逆に批判、批評、反論といった行為は苦手です。
聖徳太子の時代から、
『和をもって尊しとなす』
として生きて来ましたから、相手を傷付けるかもしれない発言や行為は不得手なのでしょう。ですから、多少の不祥事があっても相手を許し、我慢してしまうところがあります。

また、封建制度の名残で、『御上』意識がDNAにこびり付いているのか、政府や役所を頭から信用する思考から抜け切れないでいるようにも思えます。
これらのことは、政治や役所にとっては誠に都合の良いことで、彼らを甘やかしてきた主要因となってしまいました。

ただ、『家貧しくして孝子顕わる』
とも言いますから、逆境に陥った日本、もうそろそろ孝子、つまり日本を牽引する強力なリーダーの出現を期待するばかりです。

マドンナ・大学編・その4

二日後のお昼頃でした。
『ドンドン』と荒々しく玄関の戸を叩く音がしたかと思うと、
『安岡君、安岡君・・・・』
と、大声で私の名を呼ぶ者がいました。喫茶店・Gのママの声でした。

何事が起こったのか?と訝りながら、戸を開けると、
『安岡君、貴方いったい何をしたの?』
と、いきなりママが問い詰めるように言うのです。ですが、口調とは裏腹に怒っている様子は無く、むしろ呆然とした中にも喜びの表情が看て取れました。
『何のことですか?』
私が問い返すと、
『今朝ね、○○庶民信用組合から、
《例の土地の件で話があるので、至急来て欲しい》
と電話があって、急いで行ってみると、なんと、
《私に土地を売っても良い》
と言われたの』
と、ママは興奮した口調で、一気に捲くし立てたのです。
『ああ、それは良かったですね』
私が愛想もなく、極めて事務的に言うと、
『何言っているの。貴方が何かしたからでしょう』
ママは、他人事のように言った私に、業を煮やしたようでした。
もちろん、私には心当たりがありません。
『僕は、何もしていませんよ』
それでも、私が平然と言うと、
『貴方、○○銀行の××専務さん、知っているでしょう』
ママが口にした名は、二日前師の許に相談に訪れ、私がこの件を話した方でした。
ここに来て、ようやく私は事態が飲み込めました。
『調べてみる』
と言われた専務は、実は○○庶民信用組合に直接出向き、支店長と話を付けて下さったのです。というのも、後で分かったことですが、○○庶民信用組合は、○○銀行の孫会社だったのです。

むろん、私がそのような事を知るはずも無く、ただ師の許を訪れた人物が銀行の役員だということで、口に出しただけのことなのです。しかも、どうにかして欲しいとの依頼は一切していません。

『私が話しを漏らした人が、たまたま力のある人だったなんて、ママはラッキーでしたね』
尚も、私が素っ気無く言うと、
『まだ、惚けるの。支店長さんから、
《安岡という学生さんとはどういう御関係ですか?》
と聞かれたので、
《店のお客さんです》と答えると、
《ただの学生さんじゃありませんね。なんせ、○○銀行の××専務が、直に足を運ばれたのですよ。専務は、はっきりと安岡という大学生に頼まれたとおっしゃっていました》
と、感心しきりだったのよ。貴方、いったい何者なの?』
と、ママは興味津々の目で訊ねました。
『ただの学生ですよ。私も××専務さんが、そのようなことをして下さるなんで思いも寄らなかったんですから・・・・』
私は苦し紛れの返答しか出来ませんでした。

言うまでもなく、××専務が私に頼まれたと漏らしたのは方便であり、師の存在があったからに他なりません。私が師の寺院に寄宿したことで、師の知人、檀家からクレームが有ったと言いましたが、実は単なるクレームばかりではなかったようです。

私は、祖母の縁で、たまたま師と出会い、その流れで師の寺院に寄宿することになったと思い込んでいましたが、事態はそのように単純なことではなかったようです。周囲は、師の後継者ではないかと見ていたのです。ですから、この××専務も、私の相談を真剣に受け止め、善処してくれたのでしょう。

私が師の後継者というのは、まんざら当て推量ではなく、事実として、後年には私が師の養子に入る話まで持ち上がりました。むろん、一般の養子縁組ではなく、師の後継すなわち宗教家として後を継ぐのです。
私は師からその話があったとき、ずいぶんと悩みました。

それはそうでしょう。
尊崇する師とはいえ、一般人ではないのです。しかも、同じ宗教人でも、田舎の末寺に養子に入るのではありません。末寺には違いありませんが、○○以来の傑物との評価を受け、将来大本山の貫主に上り詰められる、いや法主の座も決して夢ではない、宗門を背負う一人になられるであろう高僧の後継なのです。
終生、周囲から比較をされ続け、決して凌駕することのできない巨人の後継など、成りたくないというのが本音というものです。

さらに、姉が二人いるものの、私は長男です。たいした家ではありませんが、長男としての最低限の務めというのもあります。
そういう事情で、返事を留保していたのですが、数年後、この話は立ち消えになりました。私の方に過失があったわけではなく、師ご自身も考えておられなかった、結婚をされたからです。

それはともかく、
『じゃあ、なぜ××専務のような偉い人と知り合いなのよ』
ママの詮索は留まる事がありませんでした。
私は、仕方なく、
『私が大阪でお世話になっている方の知人です。たまたま三人で食事をすることになったので、ついでに土地の件を話してみたのです』
と、少し語調を強めて言いました。暗にこれ以上の詮索はするな、との意を込めたのです。
さすがに、ママも客商売をしている身ですから、敏感に感じ取ったようで、
『分かったわ。じゃあ、今晩7時にお店に来てくれない?』
と、話題を変えました。
『今晩?何か・・・・』
『ささやかなお祝いをしたいの。必ず来てね』
ママは、問答無用といった体で、私の返事も聞かずに帰って行きました。

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