愛犬・ゴン日記―1

愛犬の『ゴン』です。

1996年10月23日生まれの、約15歳と9ヶ月の老犬です。人間の年でいえば、何歳になるのでしょうか?

犬は、人間の7倍の速さで成長すると言われていますから、単純計算すると、100歳を超えることになりますが、7倍というのは、おそらく幼犬の頃に限ったことだと思われますので、生涯を平均すれば5、6倍といったところでしょうか。

 

いずれにしても、90歳前後の老犬というわけです。

写真は2年前の夏に撮影したものですが、その後すぐに目が見え難くなり、今ではほとんど見えていない状態です。

耳も、片方しか聞こえていないのか、『ゴン』と呼んでも、『あさって』の方向を向いて返事をする始末です。ただ、そうしたなかでも、長年住み慣れた家だからなのか、生活に支障はないようです。

また、幼犬の頃から遊びの中で足腰を鍛えていたせいか、足取りはしっかりとしていますし、食欲は旺盛なので、後数年は長生きするのではないかと安心しています。

 

ゴンは、生まれた年の12月7日に我が家に来ました。実は、私は犬が苦手で、どちらかといえば猫派でした。

というのも、幼少の頃に生家では猫を飼っていて、それがまた頭の良い猫だったので、とても可愛がっていたのです。

 

『クロ』と言って、黒毛の猫でしたが、まるで犬のようでした。

『お座り』や『お手』はもちろんのこと、『待て』もするのです。

当時、クロの餌は『煮干』が主でした。漁師の家ですから、魚には事欠かないわけですが、鰯のような雑魚は、真鰯以外は食することがなく、たいていは大きな釜で煮て、天日干しにしてダシに用いていました。

 

これがまた、ダシに使用するのは勿体無いほど美味く、小腹が空いたときなど、おやつ代わりに食べたものでした。

その煮干を目の前に置いて、

『待て』

と言うと、私の目をじっと見て、許しが出るまで待っている猫でした。

 

普段は納屋が塒でしたが、私が、

『クロ』

と呼ぶと、走って私の許にやって来ました。

元来、猫はわがままで気まぐれな動物ですから、犬のように飼い主に擦り寄ったりはしません。それが、普段は離れていて、私が呼んだときのみ近寄って来るクロは、私にとって誠に都合の良いペットだったのです。

 

クロが死んだときには、これはもう『悲しい』などという言葉では言い表せないほど落胆しました。遺骸を庭の隅に埋めて、しばらくは線香を手向けたものでした。

その悲しみもあって、以来動物を飼うことはなく、ペットは専ら、

『メジロ』や『ジュウシマツ』、『インコ』、『すずめ』、『伝書鳩』といった鳥類か、『めだか』、『金魚』、『グッピー』といった魚類に限りました。

『ジュウシマツ』などは、当時1,000円ほどで『つがい』を買い、繁殖させて金に換えていました。1羽50円ほどだったと思います。

 

その私が、どうしてゴンを飼う事になったのかと言いますと、実は妻が職場の同僚から、

『友人の家に犬が生まれたのだが、見に行かないか』

と誘われ、生まれたばかりの子犬を見た後、同僚の知人が何気に、

『四匹は貰ってくれる人が見つかったのだけど、どうしても2匹は見つからないの。このままだと、保険所に持って行くしかないのよ』

と言ったのだそうです。

その言葉を訊いて平気でいられるわけがありません。妻はその場で2匹の子犬を持ち帰ってしまったのです。端から、同僚と同僚の知人の謀だったのかもしれませんね。

 

ただ、そのまま我が家へというのではなく、一旦妻の実家へ連れ帰りました。妻の実家は番犬として、ずっと犬を飼っていましたので、実家で飼ってもらえないかと思ったからです。しかし実家では、すでに2匹の犬を飼っていましたので、1匹は何とかするが、2匹は無理だと断られ、やむなく我が家で飼うことになったのです。

 

これが経緯ですが、ともかくそのときから、私がゴンに悪戦苦闘する日々が始まったのです。

 

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