日本プロ野球の崩壊・その2:ONの功罪

『ON』と訊いて、すぐにはわからない人もいるのではないでしょうか。もちろん、三十代以上の人は、すぐにわかるでしょうが、二十代以下で、しかも野球に興味のない人たちには、わからないかもしれませんね。
もし、そうだとすると、私にとってはこの上ない喜びです。

以下敬称略とします。

『O』すなわち『王貞治』と『N』すなわち『長嶋茂雄』。
トラキチの私にとって、この二人が如何に憎々しい存在であったことか、申すまでもありません。

芸能人の中には、
『俺は阪神ファンで、アンチ巨人だが、ONは別だ』
などと、ほざく奴もいますが、それは嘘でしょう。本当の阪神ファンなら、またアンチ巨人であるなら、『ON』とて例外でないはずです。
『坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い』のたとえがあるように、巨人の中心選手で、何度も痛い目に遭った『ON』が、例外であるはずがありません。
そういう輩は、きっとテレビ局やスポンサーを恐れて、心にも無いことを言っているに過ぎない小心者で、私は阪神ファンとは認めませんがね。

ただ、現役を退いた後の、二人の評価は正反対になります。
王は『良』、長嶋は『不可』です。評価の分かれた要因は、決して王と師が交誼を結んでいたからではありません。師から紹介され、私も王と直接親しくなっていれば、そういうこともあったかもしれませんが、残念ながら王とは会う機会がありませんでした。

では、評価を分けた分岐点は何か?
それは、王は巨人から離れ、当時のダイエーの監督になったからです。彼の大英断が、その後の地域密着戦略のさきがけとなったのは明らかで、日本ハムの札幌、楽天の仙台と続きました。
今、どうにかこうにか日本のプロ野球が持ち堪えているのは、王のこの英断があったからに他なりません。さすがに、『世界の王』。日本プロ野球の行く末を思っての行動は、大いに称賛されるべきでしょう。

方や、長嶋。
一度目の監督のときに、『解任』というこの上ない屈辱を受けながら、未練たらたらと、再登板を待ち、他球団の監督の要請を断り続けました。
実力、実績はともかく、人気では王を大きく上回る長嶋が、王のような英断を下していれば、その後の日本プロ野球界の凋落を、もっと防げていたでしょう。それを、野球界全体を俯瞰せず、巨人の監督という己の欲望のみに徹した長嶋は、私に言わせれば、今日のプロ野球衰退の戦犯者です。

戦犯とは言い過ぎではないかと反論する人もいるでしょうが、私はこの世には、使命を受けて生まれた者がいると思うのです。実力以上に世間から評価と待遇を得た長嶋は、まさにその該当者であり、お返しとして世に尽くす必要がありました。
彼の場合、世に尽くすとは、巨人という小さな井から出でて、プロ野球全体の繁栄に尽くすということでした。しかし、彼はあくまでも巨人に固執した。これを天に対する背信行為と言わずしてなんというのでしょうか。

論語で言えば、王はまさに『君子』で、長嶋は『小人』ということでしょうね。

まあ、しかし冷静に考えてみれば、立教大学からプロ野球に進むとき、口約束とはいえ、一度は南海ホークスに入団すると約束していながら、巨人へ入団するという不誠実な男ですから、プロ野球界全体を俯瞰しろ、などとは無理な注文だったのかもしれませんがね。
また実績は、王はおろか野村よりも大きく劣るくせに、読売新聞、報知新聞、日本テレビと、巨大マスコミによるマインドコントロール紛いの報道攻勢で、成績以上に祭り上げられた、いわば創られた『アイドル』ですから、能力的にも野球界全体を云々、などと期待する方が馬鹿なのかもしれません。

Copyright © All Rights Reserved · Green Hope Theme by Sivan & schiy · Proudly powered by WordPress