日本仏教界の凋落:その1

昨日も少し言及しましたが、高野山での宗会解散の顛末は実にお粗末です。
資産運用で6億?何某かの損が出たの、他で9億?ほど黒字が出たので、トータルでは黒字だの・・・・どこかの企業の決算報告でしょうか?

もちろん、高野山とて人間の集まりですから、そこには日々の生活があり、経済があるのは当然ですが、資産運用?とはいったい・・・・よけいな金が集まると仏教の聖地でもこういう思考になるのでしょうね。いったい、何のための修行なのでしょう。

資産運用で儲けた金は、たとえば塔堂などの修改築費に充当するつもりだったなどと抗弁するのでしょうが、宗教人としては本末転倒の思考です。

もし、金に窮したならば、広く国民、信者に浄財を募るべきで、それで足りれば良し、足りなければ、自分たちの信心修練不足を恥じて、本来の姿に戻る努力をすべきと考えます。
宗教の本義本質は、決して塔堂伽藍などではなく、僧侶の手に委ねられていることを忘れてはなりません。

そういえば、昨年でしたか、金閣寺の住職が揮毫料・数億円を隠匿していた事件がありましたが、これは私腹を肥やしていたわけですから、さらに劣悪です。(高野山の宗務総長らが私腹を肥やしていたかどうかは不明です)

金閣寺といえば、寺社銀座の京都にあっても、清水寺と双璧の一番の名刹です。その名刹の住職ともあろう者が、金に目がくらむとは情けないにも程があるというものです。

どうしてのこのような事態になるのでしょう。
高野山はわかりませんが、おそらく金閣寺は後継者が世襲制だからだと思います。世襲といっても自分の子孫に譲るというのではなく、後継指名ということです。(これは私の憶測ですので、事実と違えば謝罪します)
自分の気に入った人物を後継に据えるわけですから、本来後継となるに相応しい修行を積んだ、学徳に優れた人物かどうかは不明と言うことになります。

私の憶測が正しければ、実に嘆かわしいことですし、憶測が外れていれば、つまり正式な選挙、または人物を評価した上での後継指名であったならば、それはそれで『それでも尚この体たらくか・・・・』ということになり、人材不足は深刻度を増します。

さて、小説:『黒い聖域』は、私が大学時代に書生をしていたある宗派の高僧がモデルになっています。私の恩師ということになりますが、後年師は京都のある本山の貫主を巡る権力闘争に巻き込まれます。本来、師が次期貫主となるべきところ、不手際から横槍が入ってしまったのです。

私は師の傍らにいた者として、現在の僧侶たちのさまざまな『欲』というものを垣間見てきました。ただ、恩師との関係もあり、私はそのことは堅く秘匿し、墓場まで持って行こうと心に決めていましたが、数年前ふと『このままで師の魂は慰められるのだろうか』と疑問に思ったのです。

師は、その際の気苦労から病に倒れ、帰らぬ人となりました。私は師への鎮魂歌として黒い聖域』を執筆せねばと思い直したのです。


第一巻:本妙寺の変


黒い聖域第一巻本妙寺の変


黒い聖域第二巻裏切りの影

第1巻は無料です。


「黒い聖域」ダウンロードページ



 


Copyright © All Rights Reserved · Green Hope Theme by Sivan & schiy · Proudly powered by WordPress