中野浩一

日本最真の偉業列伝

今回は、第十回ということで、『10』という数字に関わるテーマを取り上げたいと思います。

スポーツですと、『10』と言えば、サッカーや野球などの背番号が思い浮かぶと思いますが、そうではなくスポーツ選手としては、私が最も偉大な業績を挙げたと評価している、『中野浩一』氏について書きたいと思います。

 

題して、『日本最真の偉業列伝』です。

 

中野氏は、1977年から1986年まで、世界自転車選手権のスプリントにおいて、前人未到、空前絶後の10連覇を達成しました。むろん、彼以降更新されていない不滅の記録です。

 

自転車競技というと、日本ではあまり人気がありませんが、サッカーW杯、五輪と共にツール・ド・フランスが、世界三大スポーツイベントに数えられるほどのメジャースポーツであり、特に欧州ではサッカーと共に絶大な人気を誇ります。

ただ、人気があると言うだけでなく、自転車競技者は市民から尊敬の眼差しを受けるくらい社会的地位が高い存在なのです。

 

その自転車競技の世界大会で、10連覇を成し遂げた中野浩一氏の欧州での尊敬度は、並大抵でなく、日本人が想像を絶するもので、もはや伝説の域に達しています。

おそらく、日本人では知名度NO1のビッグネームでしょう。今でも、国際大会になると世界の自転車競技者は、まず中野氏に挨拶に出向き、必ずサインをねだります。彼らにとっては、それぐらいの憧れの存在であり、偉大な選手だったのです。

 

10連覇がいかに凄いことか・・・・。たとえば、ロンドン五輪・水泳の北島選手、もし金メダルを獲得すれば3連覇となりますが、単純計算で9年ということになります。これも凄いことに変わりはありませんが、ただ五輪は4年に1度ですから、その間の大会で常に世界一だったわけではありません。

事実、北島選手は世界選手権では破れたり、不参加で体調を整えたりしていました。柔道の野村選手も五輪で3連覇を達成しましたが、同様でした。

 

しかし、10連覇となると、その間体調を崩しても、故障してもアウトです。中野氏も体調不良や怪我があったことでしょう。事実、8連覇が懸かった1984年は、鎖骨を骨折し、一旦は癒え掛けたところに、レースで落車をして再び負傷してしまい、出場さえ危ぶまれました。ところが、なんと彼は無理をして参加したばかりか、その年も優勝し、記録を継続したのです。それが、彼の伝説化に拍車を掛けた一因でしょう。

 

しかし、このような偉業を達成しているのにも拘らず、彼は『国民栄誉賞』を受賞していません。

 

これまた反感を覚悟で言えば、スポーツ選手としての実績は、これまで受賞したスポーツ選手の中では一番で、あの世界のホームラン王の『王貞治』氏より上だと思います。

世界的に見れば、野球という競技は自転車競技よりマイナー競技であることや、ホームランの世界記録と言っても、選手レベルの差、球場の広さの違いなどの理由で、米国においては、それほど認知されているわけではないことが指摘できると思います。

 

野球関係者はそれなりの敬意を払いますが、一般国民は王氏の記録は知らないか、評価はしていないと思います。むしろ、イチローの方が断トツで評価されているでしょう。

なにしろ、同じフィールドで戦っていますから・・・・。

そうですね。イチローの『10年連続シーズン200安打達成』という記録も偉大ですね。

中野氏の偉業に匹敵すると思います。彼は辞退しましたが、当然国民栄誉賞に値します。

むろん、国民栄誉賞は記録だけでなく、広く国民に感動と勇気を与えることも受賞理由の一つですから、決して王氏の受賞にケチを付けるものではありません。

 

ついでに、他のスポーツの個人記録で、その価値を比較しますと、

 

野球:上記したイチローの『10年連続シーズン200安打達成+日米通算4,000本安打』。(これは達成可能)

サッカー:男子はバロンドールを2回受賞。女子は5回受賞。(連続でなくても良い)

男子サッカーは世界最高のスポーツであり、競技人口から鑑みると、一度でも受賞すれば偉業です。したがって、メッシは五回以上受賞するでしょうから、もはや人間業ではなく、神の領域に入っていると言っても過言ではないでしょう。

水泳:北島選手が、ロンドン五輪で3大会連続2冠達成したうえで、4大会連続2冠達成か、5大会連続金メダル獲得。(共に金メダル8個)

体操:内村選手が、五輪で3大会連続個人総合金メダル+種目別で金メダル合計6個獲得。(北京大会での個人で金メダルだったら、可能性は有った)

柔道:日本発祥のお家芸なので、五輪4連覇+その間の世界選手権を連覇。

といったところでしょうか。

 

あくまでも、中野氏の実績との比較であって、それ以下の成績でも十分受賞する価値はあります。

 

 

 

さて、それほどの偉業を成し遂げたのに彼が国民栄誉賞を受賞出来なかった理由は二つあります。

一つは、10連覇の価値そのものに疑問符が付いたことです。当時のスプリント種目は、旧ソ連などの共産主義国家で、国から報酬を受けて生活していた、いわゆるステート・アマが強さを誇っていた時代であり、プロのみの参加だった世界選手権の価値を疑問視する向きがあったのです。

 

しかし、世界規模の大会に、日本人選手が10年連続で出場することすら滅多に無い時代ですし、上記したように10連覇自体が至難の技であることから言えば、彼の偉業が著しく貶められることはないでしょう。

 

むしろ、もう一つの理由が大きかったと思います。

それは、当時はまだ『競輪=ギャンブル=裏社会との関連=悪』という連鎖のイメージが拭い去られていなかったことです。特に主婦の間で顕著だったと思います。

 

近年、公営ギャンブル界はクリーンなイメージ戦略に成功し、女性人気も博すようになりました。もし、彼の偉業の達成が今日であったならば、間違いなく国民栄誉賞ものでしたね。

 

*

Copyright © All Rights Reserved · Green Hope Theme by Sivan & schiy · Proudly powered by WordPress