馬堀法眼喜孝画伯


日本最尊敬列伝・その3

今日は昭和の日、旧天皇誕生日ですね。

天皇誕生日と言えば、皆さんは『馬堀法眼喜孝』という人物をご存知でしょうか?

 

おそらく、圧倒的に知らない人が多いのではないでしょうか。しかし年配の方は、日々何度もこの方の作品を目の当たりにしていたはずです。

 

と言うのも、馬堀氏は旧一万円札の聖徳太子、旧千円札の伊藤博文、旧五百円札の岩倉具視などの肖像画の原作者だからです。

 


『法眼』というのは、絵画の最高位とも言うべき称号で、文字通り肖像画の第一人者でした。

 


題して『日本最尊敬列伝・その3:馬堀法眼喜孝画伯』です。

 

画伯は、歴代天皇肖像画や歴代首相肖像画など、歴史に残る人物を数多く描かれているのですが、実を言いますと、私は画伯の作品を師からいただいています。

画伯も師と親交が深く、師が画伯から頂戴した作品の中から、お裾分けしていただいたという次第です。


私は師から様々な物をいただきましたが、当時はその品の価値が分かりませんでした。師が亡くなられた後、それらを鑑定してもらうと、大変な高価な品だったということが判明し、その都度恐縮しました。

 

また、いただいた品一つ一つに面白い?曰くがあるのですが、それも追々書きたいと思っています。


ところで、私は一度画伯と飲食を共にしています。


私が師の自坊に寄宿して数ヶ月経った頃でした。私は、一旦寺院を離れていました。私が師の寺院に寄宿していることを知った檀家や知人らが、師に抗議をしたからです。師の人徳を知る彼らは子息を師に預け、薫陶を得たいと欲しましたが、師は断り続けていました。


ところが、宗教上の弟子ですら持たない師が、何処の馬の骨とも分からない学生を寄宿させたと知って憤慨したのです。


尤もな抗議に、師はほとぼりが冷めるまで、と私を一時外に出したのです。

 


その間のことでした。師から連絡を受け、夕食を共にする事になったのですが、田舎から出て来たばかりの世間知らずの私は、事もあろうにジーンズにサンダル履きで、師の指定したホテルへ出向くという非常識を犯してしまいました。


今思い出しても、恥ずかしさに身が震えますが、師が指定したホテル内の飲食店は、正装かそれに順ずる服装でなければ入店が許可されない高級店だったのです。

 


店先で押し問答している騒ぎを師が聞き付け、師の顔に免じて入ることができたのですが、そのときに紹介していただいたのが、馬堀法眼喜孝画伯だったのです。


師は、どなたであってもあまり詳細に説明されない方でしたので、そのときは画伯がどれほどの高名な画家か理解していませんでした。

 


さて、師からいたいただいた品の中で、馬堀画伯の作品のみ、その価値が分かりません。


まず、肖像画が一般に流通するものではないということ、そして馬堀画伯の作品と言いましたが、正確には絵画ではないからです。ややこしい言い方ですが、画伯は神話時代の神武天皇から昭和天皇まで、124代の肖像画をお書きになっています。

 


画伯の0号サイズの値段から単純計算すると、一枚の値段は億?ということになってしまうのですが、その絵自体をいただいたのではなく、124枚の肖像画を一枚一枚写真に撮り、一つの額に修めた作品をいただいたのです。


額を2枚いただき、1枚は妻の実家に進呈したのですが、下世話な話、この作品がいったいどれだけの価値があるのか、皆目検討が付かないのです。

 


絵としての価値は、合計百億円?以上ということになりますが、所詮は写真です。所詮は写真ですが、とは言え写真の題材は相当な価値の絵画です。


また、絵画ではないものの、画伯の作品として公の会場に展示されたこともありますので、それなりに価値があるのではないかと思うのです。

 


いやあ、何だか今日は、金だ価値だと、下賎な事ばかりを書いてしまい赤面しますが、一応その額を載せます。


ちょっと分かり難くて申し訳ありません。

 


 

 

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