日本サッカーの未来・その1

早朝、UEFA・CLの決勝戦がありました。

結果は、1-1の同点で延長でも決着がつかず、PK戦の末に、イングランド・プレミアリーグのチェルシーが、ドイツ・ブンデスリーガのバイエルン・Mを破り、初優勝しました。

内容では、バイエルン・Mが押していましたが、再三の決定機をものにできず、終盤に追い付かれて延長戦へ入り、挙句にPKをロッベンが外すという痛恨事もあって、PK戦になりました。

PK戦も、チェルシーの一人目が失敗し、バイエルン・Mは優位に進めながら、4人目と5人目が連続で外し、いわば逆転負けの形となりました。

ロッベンはドイツのリーグ戦、ドルトムントとの天王山でもPKを失敗しており、トラウマがあったのでしょうか。

 

決勝の地は、バイエルン・Mの本拠地で行われました。毎年、決勝の地は変わっていきますが、今年『本拠地での優勝』という滅多にない機会に恵まれたのに、それをものにできなかったことは、余計に悔いが残ったことでしょう。

 

さて、試合内容はバイエルン・Mが押していたのですが、そのバイエルン・Mは先週ドイツ杯決勝でドルトムントに2-5で惨敗しています。

その試合で、先制ゴール、2点目のPKを得たヒールパス、3点目のアシスト、4点目の起点(アシストの一つ前のパス)と、4点に絡む大活躍をしたのが香川です。

負けた(記録上は引き分け)とはいえ、バイエルン・Mが押していたわけですから、そのバイエルン・Mを『チンチン(ぐうの音も出ないほど圧倒すること)』にした、ドルトムントの中心だった香川の価値は、一段と上がったことと思います。

噂どおりマンチェスター・Uに移籍が決まり、ドルトムントのときと同じような活躍をしてくれれば・・・・・と思うと今からわくわくします。

 

さて、私は政治家、官僚、財界人、文化人、芸能人、アスリート・・・・全ての人間の評価は、唯一国士であるかどうか、そして具体的には、中傷や脅迫を恐れずに真実を語る人物であるかによって決めています。

 

今の日本、この国士・・・・国や社会のために命を棄てることができる人物がめっきり少なくなりました。

政治家は党利党略、私利私欲、官僚は省益私欲、財界人は金儲けのみを考え、個人も私利私欲に奔る人間ばかりです。

これは、ひとえに教育の劣化に起因しています。明治時代、開国による未曾有の国難を乗り切ることができたのは、指導層に国士が多かったからです。まあ、当時の指導層は元武士ですから、国に対する忠誠心が高かったのも当然ですが・・・・。

 

戦後、我が国では真のエリート教育が行われてきませんでした。世間では、東大出身だとすべからく『エリート』と言っていますが、これはとんでもない認識違いで、高学歴で指導的な立場にあるというだけでは、真のエリートとは言えません。

 

天皇皇后両陛下が、英国のエリザベス女王の在位60周年のお祝いに出席されておられましたが、その英国のエリート養成校として有名なイートン校の生徒は、名家や上流階級の子息がほとんどなのですが、彼らの多くはオックスフォード大学やケンブリッジ大学へ進学し、各界の指導層に出世する事が約束されています。

しかし、日本の東大や京大出身者と大きく異なるところは、彼らは一朝事が起こったときには、国に命を捧げる覚悟を秘めているということです。

つまり、戦争が起こったとき、真っ先に前線へ志願する事を厭わないように教育されており、それが彼らのエリートとしての誇りとなっているのです。

これこそが、真のエリートと呼ばれる人々なのです。日本語では国士と言います。

その観点から言えば、今の日本にエリートはほとんどいません。マスコミが馬鹿の一つ覚えのように高学歴者をエリートと呼んでいるだけです。

 

その意味から言えば、もう一つ『セレブ』の用語も間違っています。

テレビ番組では、金持ちをセレブと呼んでいますが、おそらく『cerebrity』の略語でしょうから、本来は名士とか著名人という意味です。資産家であるかどうかは関係ありません。

そうですね、昨今の初めてテレビに出て来た金持ちをなどは、セレブでもなんでもなく、『成金』というのが正解でしょう。

 

ずいぶん話が逸れましたが、国士というほど大袈裟ではないものの、自分の意見を堂々と主張している点において、私が唯一信用できるサッカージャーナリストは後藤健生氏です。

彼はサッカーの経験はありませんが、数多くの試合を観戦し、独自の視点からサッカーを論じてきました。

他のサッカージャーナリストは、その発言や記事内容に真実味が感じられませんね。

大衆受けだったり、逆に挑発的な発言だったりを繰り返し、どちらにしても耳目を集めたいという下心が丸見えで、反吐が出ます。

 

たとえば、代表でもACLでも日本が負けたりすると、内容や背景を分析せず、ことさら日本チームを貶め、勝ったら勝ったで、日本チームを称賛する事はせず、対戦チームが弱かっただの、ベストメンバーではなかっただの、いちいちケチを付けます。

セルジオ越後氏のように、根底に日本サッカーに対する愛情があれば頷けますが、そういう気配も感じられず、ただただ日本を貶したいだけのように思えてなりません。

 

そういう私が、なぜただ一人後藤氏だけを信用しているのか。

続きは明日にしたいと思います。

 

 

 

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