昭和天皇と安岡先生と師と王貞治氏

昭和天皇と安岡先生と師と王貞治氏。

 

この四者の間を介在した品物があります。

それは『墨』です。

むろん、どこにでもあるような品ではありません。

 

まず、昭和天皇は事ある毎に安岡先生に教示を受けておられました。陛下の大先生に対する信頼の深さは、このブログの第一回に書いた経緯によります。

 

たとえば、前の公務が長引いて、陛下の食事中に大先生が皇居を訪れられたとします。

陛下は必ず、

『安岡を待たせるわけにいかない』

と、食事を中断されてお会いになったそうです。

人徳に優れた陛下のことですから、それは安岡先生に限ったことではなかったかもしれませんが、これはどうでしょうか?

御二人の会談は対面ではなく、ソファーに横に並んで座った状態で行われたそうです。よく、皇室の映像で両陛下が横並びに座られているように、です。

 

おそらく陛下がそのように親密且つ厚遇された民間人は、安岡先生だけだったのではないでしょうか。

 

 

一方、王貞治氏は私の師に師事していました。

現在では、阪神タイガースの金本選手や新井選手の護摩木修行が有名ですが、精神修養もさることながら、スポーツ選手は少なからず神仏に頼るところが多いようで、王氏が師に師事した理由も、

『どうしても三冠王を取りたい』

という一心からでした。

 

それまで、数々の打撃タイトルを獲得していた王氏でしたが、三冠王には縁が無かったので、三冠王獲得は氏の悲願となっていたのです。

誰に紹介されたかはわかりませんが、師の許を訪れた王氏は、

『三冠王達成』の祈願を依頼しました。

 

その甲斐あってか、王氏は1973年、74年と史上初の2年連続三冠王に輝きます。

感謝感激に堪えない王氏は、師に、

『何かお礼を・・・・』

と申し出たのですが、師は、

『祈祷料は十分に頂いています』

と、丁重に断ったそうです。

しかし、どうしても感謝の気持ちを形に表わしたい王氏は、行き下がらなかったそうで、

やむなく師は、

『墨』を所望したということでした。

当時、日本では高級な墨が入手し難くなっており、師は王氏が台湾人であることも考慮に入れた上での要望でした。

王氏は、とにかく親兄弟だけでなく、台湾の知人らにも依頼して高級な墨を捜し求めたということです。

 

さて、その後何かの席で、安岡先生から、

『陛下が良い墨が無くて困っておられるようだ』

と漏れ聞いた師は、王氏から贈呈された墨を陛下に献上されたということです。

 

その墨ですが、私の記憶が正しければ、

縦:約10cm、横:約3cm、厚み:約1cmの大きさで、1枚300万円だったそうです。今から40年前の相場です。

師は、この墨を3枚献上され、陛下から感謝のお言葉を頂いたと言うことです。

 

 

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